ロール国女王の憂鬱な日々

雛倉弥生

第1話

 マシュマロ大陸と呼ばれる大陸には五つの国が


存在していた。ロール国、モンブラン国、シャーベ


ット帝国、キルシュトルテ小国、チュロス共和国。



 それ等の国の一つ、ロール国。西にあり、比較的


平和な国だ。さて、そんな国に一人の女王がいた。


どんな女王なのかはこれから分かることだ。


「女王!何、仕事放棄してるんですか、早く戻って


書類と向き合って下さい!」


 バルコニーで叫んでいるのは、執事であるグレイ


ス。青い髪を黒いリボンで結び、碧眼が特徴的な男


だ。


 女王が信頼している家臣の一人なのだが。優秀で


あるが故に、苦労が絶えない。なんとも不憫な男で


ある。


 彼の制止を振り切ってまで城下町へ行きたいのが


女王のアリーア•シャノン•ロールだ。若くして王と


いう立場についている。


 しかし、彼女、実は政務が苦手なのであった。言


い換えれば退屈なことは嫌いなのである。


 と、いうわけで彼女の仕事は、ほとんど部下達に


投げられる。政務ができない王というのは些か王に


は向いていないのかと問われると、多分、一部はそ


ういうわけでは無い。


 無いが、ちゃんと仕事に向き合って欲しいとは


思う。


 

「いいじゃない。仕事ばっかじゃ、退屈しちゃうでしょ。んじゃ、あとよろしく! 」


 無駄に元気よく、グレイスに頼むと、華麗にアリ


ーアは、バルコニーから飛んだ。もはや、下に無事


に降りたのかさえ、見る気力すらない。これ以上心


労を増やしたくはない。額に手をやり、大きく息を


吐いた。


「おー、またやってんね。あんた、大丈夫?」


 女王の部屋を掃除しにきたメイドの一人である


マリアンヌがグレイスの背中を強く叩いた。


「もう慣れなさいよ、苦労人」


「慣れたら、俺が駄目人間になる」


「あー、すまんすまん。真面目人間」


 うるさいといっても、マリアンヌは悪びれた様子


はない。戯れなのだから仕方ない。上下関係はある


から弁えてはいるのだが、もはや、家族という感覚


があるせいで、雑談も普通に混じる。


 それくらい、気楽にやる方が心労はもちろん減る


のだけど。


「女王は? 見るの嫌なんだけど」


「んー」


 マリアンヌは、階下を指した。見ると、アリーア


が走り出している姿が見える。


「…んなぁぁぁぁ!! 」


 グレイスは驚いたり、頭を抱えたりと、百面相を


繰り返していた。


 マリアンヌは助けてやることはできないが、


ぽんっと、グレイスの肩を叩いた。


「……頑張れよ、苦労人」


これがロール国城でのいつもの日常である。



………



 市場では人々が賑わっていた。その中に一人、目


立っている者がいた。白を基調とし、所々に金の


布が縫われている、シンプルなドレス。


 それを纏っていたのは、アリーアであった。


街の人々は既に慣れているのか、驚くまい。


逆に、一人一人がアリーアに挨拶をしている。


 他の国では異様だと思われるかもしれないが、


これがロール国のいつもの日常だ。


「ここまで来ればもう安心でしょ」


 呑気に声を出し、茶屋に入り、ロール国の特産物


であるロールケーキを頬張る。うん、やはりいつ食


べても美味しい。食べた後に飲む紅茶もロールケー


キに合わせて作られているので、最高だ。アリーア


は、満足感に浸っていた。


 すると、どこからか馬の脚を鳴らす音が近くから


聞こえた。その音を聞き、人々は自然と道を開け


る。アリーアは立ち上がり、何事かと様子を見に向


かった。


 すぐさま彼女は察した。見回りに行っていた騎士


団が帰ってきている最中なのだと。騎士団の先頭を


歩いていた男は、アリーアに気付くと、馬から降


り、声をかけた。


「ごきげんよう、女王陛下」


 男は、恭しく跪く。一つ一つの作法が容姿と同じ


く、丁寧で美しい。


「堅苦しいったらありゃしない。いつもと同じで良


いわよ。サーナイト」


 女王の許しがもらえたからか、サーナイトと呼ば


れた男は、頷いた。


「今日も街に異常はありませんでした。表ではです


が。……裏ではあいつが片付けています」


 淡々と報告する。真面目な男だ。どうやら、サー


ナイトは騎士団を率いる長のようだった。


 証拠といってはなんだが、胸元に団長と示す勲章


が多くある。裏では裏で反吐が出るような行いが多


くされている。騎士団は治安も守る。表を守る部隊


があるように、裏でも取り締まる部隊があるのだ。


「そう、ご苦労様。あ、一緒に食べる?」


 誘ったアリーアにサーナイトは首を振り、断っ


た。この後も仕事がある。騎士団長である自分が


仕事を放棄するなどサーナイトには出来ない


のだ。


 それに、団員達には仕事を早く終え、家族の元


などに帰り、ゆっくりしてもらいたい。


「申し訳ありません、仕事が立て込んでいまして。


あ、でも共に城へ帰ることは出来ますよ?」


 サーナイトの言葉にアリーアは引き攣った笑顔を


する。バレていて、こんな誘いをするとは。


 彼もそうだが、年々この国の者達の肝が据わり始


めているのは気のせいではないと確信した。


「えーっと……わ、私はまだ満喫したいから遠慮


するわ」


 ……アリーアは全速力で走って逃げた。サーナイ


ト達が追いつけないほどに。


 逃げ足が速いのは、良いことなのか、悪いこと


なのか。サーナイトは息を吐いて、再び馬に


乗った。


 ああは言っても結局は城へ戻ってくるのだから気


長に待つとしよう。そう心に決め、ゆっくりと城へ


の道を進んだ。


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