10

「ジュリちゃん、いつ死んでもおかしない顔しとったのに。つきものが落ちたようやなあ」

「うん、目なんか死んだ魚だっだよね」

「死んだ魚って……」

 シューイチのみならず、アッキーまでそんなことを言い出した。

 オレってば、そんなにひどい顔をしてたのか? 自分では全然分からなかったけど。だけど他のみんなも、うん、うん、とうなずいている。

 認めざるを得ないでいるとミオ先輩が、ぽんとオレの肩に手を乗せた。

「ジュリエット、神への復讐なら、神に最も近い場所でするべきだ」

「神に最も近い場所?」

「ああ、それは舞台の上さ。神への復讐は舞台の上ですればいい」

 舞台の上……。それが本当に神様への復讐になるんだろうか。先輩の言ってることは、オレにはさっぱり分からない。

 だけど。

「人生は、芝居のごとし——。いや、舞台こそが人生であり、人生こそが舞台なのだ。

 一瞬たりとも見逃すことはできない、弱々しくも神々しい白熱を放つスポットライトを浴びながら。拒絶された狭い空間の中、それでも声を張り上げて叫ぶのだ。神よ、貴様がどんな試練を与えようと、僕らは、こうして立っている。

 そう。僕らは、ここにいるのだと——」

 先輩は、さざ波のような声で繰り返す。僕らは、ここにいるのだと。

 ここにいる——……。

 ああ、そうだ。確かにオレは、ここにいる。ここにいるんだ……!

 ミオ先輩は、そうだろう、と投げかける。オレは静かにうなずき返した。

 するとシューイチも身を乗り出し、「そうやで」と言った。

「神様への復讐なら舞台の上ですればええ。演じる理由なんて人それぞれ、ジュリちゃんの好きにしい。だって確かにジュリちゃんの言う通り、ワテらがしてることは無駄なことや」

「無駄って……」

「だって、そうやろ。生きていくのに芝居は必要あらへん。食べるもんと水があって、適度に寝る。最低限それだけで人間は生きていける。せやけど、そんなん、つまらんやろ。ただ食べて寝るだけなんて、せっかく人間に生まれてきたんや、もったいない。無駄であふれている方が世界はおもろい。ジュリちゃんは、そうは思わんか?」

 世界は楽しい——、か。確かにそうかもしれない。

 オレが魂を売ってでも取り戻したかった走ることも演劇と変わらない、無駄なことだ。人間、走らなくても生きていける。だけどオレにとっては呼吸に等しい行為だった。

 自分をみじめにしていたのは周りじゃない、オレ自身で。いつまでも過去の栄光にすがりついていたのもオレの方だ。

 オレにはまだ走ること以外にもなにか可能性があるかもしれないのに。それすらも潰していたのは、オレだったんだ。

 オレには、まだ演劇のおもしろさは分からない。だけど、これだけは思った。ここにいるみんなは、心から演じることを楽しんでいるのだと。そしてミオ先輩の言う通り、この道が神への復讐に繋がっているのなら、オレは。先輩と、みんなと一緒に突き進んでみたいと。

 シューイチたちの言う通り、つきものって言うのだろうか。目も鼻もまだ痛むけど、なんだかスッキリした。

 ミオ先輩はオレに向かって手を差し出し、

「帰ろう、ジュリエット」

 微笑を添えて、そう言った。

 オレは一寸悩んだけど自分の中で答えを出すよりも先に、気付けば先輩の手に自分のそれを重ねていた。

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