3
取り敢えず手に入ったばかりの武器でピコピコと離れない先輩の頭を叩いていると、「ははっ」と屈託のない笑い声が耳をかすめた。
「ロミちゃんは相変わらず手厳しいね」
そう言いながら近付いて来た男子生徒は、おお、でかいっ! 二メートルくらいありそうだ。
その人はのそりと大きな体を揺らし、オレの方に身を乗り出した。
「オレは
「いや、樹里です」
「そうか、そうか。樹里くんか。改めてよろしく。えっと……、ごめん、ミサトくんだっけ?」
「いえ、樹里です……」
キサク先輩は、そうか、そうかを繰り返す。でも、きっと次にオレを呼ぶ時は、また忘れているんだろうな。
キサク先輩は、「ミキトくんだったね」と早速呼び間違えた。
「もう、きーちゃん先輩ったら! ジュリくんでいいじゃないですかー」
キサク先輩の巨体をものともせず、ぐいと横から甲高い音とともに人が割り込んだ。ポニーテールに結われた長い髪をその女生徒は揺らしながら、にこりと勝気な笑みを浮かべさせる。
「私は
ほら、ショウコ。ショウコもちゃんとあいさつしなよ」
「う、うん……」
リアの後ろにはショートカットの女生徒が隠れていて、彼女はひょいと顔だけをのぞかせた。頬を薄らと赤く染め、ショウコはもじもじと小さな声で呟く。
「えっと、衣装担当の
もう否定するのも面倒だ。オレの呼び名は、すっかり“ジュリ”で定着してしまったようだ。
ここの人たちのマイペースぶりと言うか、人の話の聞かなさというか……。
けれど、やはりミオ先輩には誰も敵わないなと自分でも嫌な結論を付けていると、小柄でふわふわとパーマがかった髪をした女生徒が、くいくいとオレのシャツの裾を引っ張ってきた。
彼女はスケッチブックを持っており、そこには『
「えっと、あの……」
「ジュリエット、ルネはしゃべれないんだ」
「しゃべれない? しゃべれないのに演劇なんてできるんですか」
「それなら大丈夫。ルネは裏方担当だから」
ミオ先輩がそう言うと、ルネはこくんと小さくうなずいた。
やっぱり変わった人が多いと浸っていると、今度は、「おい」とガラの悪い声が背後から飛んできた。
「さっきからうるせえなあ。人が昼寝してるってのによー」
今まで気になってはいたが気にしないふりをしていたのに、いくつか並べ合せた机の上で横になっていた男子生徒がおもむろに、むくりと上半身を起こし上げた。顔にかぶせられていた本がその拍子に落ち、露わになった金色に染まった髪は蛍光灯の光を受け、キラキラと反射している。
うわあ、金髪だ……。耳にはいくつもピアスを付けていて、絵に描いた不良そのものだ。さすが東京だ。本当にこういう中学生がいるんだな。
そんなことを思っている間にもミオ先輩はツカツカと靴音を鳴らし、寝起きで機嫌の悪い不良に近付いて行った。
「ジュリエット、彼は
バシバシと背中を叩いていくるミオ先輩に、ヨッシーと呼ばれた男子生徒は、鋭い眉をさらに鋭かせる。
「おい、演劇バカ! ヨッシーと言うなと何度言えば分かるんだ、ああっ!?」
「なんだい、ヨッシー。ヨッシーが“イロハ”と呼ぶなと言うから、ヨッシーと呼んでいるというに……」
「だから普通に“芳澤”でいいだろ!」
芳澤さんとやらはミオ先輩に向かって吠えるけど、一方のミオ先輩は、
「それではつまらないではないか」
と一掃する。
「大体、ヨッシーよ。君はなにがそんなに不満なんだい? せっかくの神様からの素敵な贈り物を君は……」
「うおおいっ!?? てめえ、それ以上言ったら、その口、へし折るぞ……!」
「ははっ。ヨッシーは口が悪いなあ」
ミオ先輩は、もしかしたら……、いや、もしかしなくとも大物だ。世界中探しても、この人には敵なんていないんじゃないだろうか。
どうがんばってもミオ先輩に敵いそうにないヨッシー先輩になんだか似た心境を感じながら、オレは心の中で無意味になってしまうだろうけど励ましをした。
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