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「えっと、今日からこの学校に通うことになった、切戸きれと樹里みきさとです」

 よろしくお願いします、と軽く頭を下げると、パチパチと形式的な拍手が返ってきた。

 どうにか時間に間に合い、転校初日からの遅刻はまぬがれた。よかった、目立たずに済んで。

 こういった風景は何度か見たことがあったけど、まさかオレ自身がこっち側の人間になるなんて。思ってもいなかったなんて少々他人事でいると、突然がらりと教室の扉が外側から開かれた。

 扉を開けた人物は肩を上下に激しく揺らし、ぜいはあと息を切らせている。その人は思い切り息を吸い込んでから、ツカツカと中に入って来て……って、あれ。この人、さっきのイケメンだ。もしかして、ぶつかったことを恨んで追いかけて来たのか……?

 イケメンは、まっすぐにオレとの距離を詰めてくる。殴られでもするのかと、オレはとっさに身構えた。

 だけど。

「首を洗って待っていた……」

「えっ、首?」

「見つけた、僕のジュリエット——!」

「はあっ!?」

 ジュリエットだあっ——!!?

 イケメンの口から紡がれたのは、予想とは全く違ったもので。彼は至ってごく自然に、すっとオレの手を取り握り締めると、オレの目を曇り一つない瞳でまっすぐ見つめてくる。

「ジュリエット! ああ、君はどうしてジュリエットというんだい……!」

「あ、あの、人違いでは? オレ、ジュリエットじゃありません」

「何を言っているんだい、ジュリエット。僕らはあんなにも愛し合っていたではないか。あの夜だって、ジュリエット。君は僕の名をあんなにも恋しそうに呼んでくれたのに……」

「そんなこと言われても、本当に身に覚えが……」

 なんだ、この人。もしかしてオレがぶつかったせいで、頭がおかしくなったのか?

 どうしようと思っている間にもイケメンは、オレの顔に自分のそれをぐいと近付けてくる。彼の吐息が鼻にかかるほどの近さだ。

「どうしたんだい、ジュリエット。本当に忘れてしまったのかい? でも、大丈夫。君は必ず僕のことを思い出す。

 だって僕らは何度だって愛し合える。そう! 舞台という、あの華々しい光の中で……!」

「どうかしているのは、お前の方だ!」

 歯の浮くセリフを耳元でささやかれて鳥肌を立てていると、ぱっこーん! と爽快な音が響き渡った。音のした方に顔を向けると、教科書を丸めた先生の姿が目に入る。

「先生、なにをするんですか。体罰ですよ」

「うるさい! お前こそ、ここは二年の教室だぞ。それともなにか? 留年してやり直すつもりか」

「やり直す? ふっ……、それもいいかもしれない。なぜならジュリエット、愛する君のそばにいられるのだから……!」

 イケメンの叫喚とともに、がばりと重たい圧力が……、ん? がばりと……?

「ギャーッ!??」

 状況を把握すると、オレは抱き着いてきたイケメンを力の限り突き飛ばした。

 なっ、なんだ、なんなんだ、この人は……!?? 現れるなり人のこと、ジュリエットとか言い出して。

 結局先輩らしき変態男は、息を切らせてやって来たイケメンの担任の先生に首根っこをつかまれ、ずるずると引っ張られて教室から出て行った。

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