第26話

お寺での一日は、朝5時前から始まった。水野住職が手に持った鐘をカンカンと打ち鳴らし、彼は寝ぼけまなこをこすりながら庭に出る。そこで、寺に泊まり込んでいるもう一人の人物である荒木さんを含めた三人で体操をして、その後に箒を持って境内の掃除を行う。


彼がまず直面することになったのは、食事中の脚の痛みだった。とにかく食事している間はずっと正座でいなければならないので、普段椅子に座ってしか食事をしていない彼の脚はすぐに痺れてしまった。朝食を食べた後立ち上がろうとした彼は、よろめいて危うく倒れこむところだった。


食事の内容は彼が想像していた通り質素だったが、ご飯のお代わりは自由だった。お椀を差し出すとそこに住職がご飯を盛ってくれて、おかずと共に食べる。食事中の余計な会話はない。食事することもまた、禅の一部なのだ。彼が驚いたのは、ご飯を食べた後の食器洗いが要らない、という点だった。食べ残しの米粒が付いたお椀にお湯を注いで飲みさらに沢庵で拭いて食べると、お椀はまるで手でていねいに洗ったかの様に綺麗になった。


座禅の時間も、彼にとって予想以上にきつい時間だった。座禅は一回につき1時間で、朝起きてすぐと、午前と午後に二回ずつあった。彼は水野住職に教えられた通りに脚を組み、半眼の状態で精神を集中させようとしたが、彼の心には次々と雑念が浮かんできた。


冷房のない夏の寺は暑く、彼の着ていた作務衣の内側には汗が伝った。彼が組んでいる脚の痛みを感じて少しでも体を動かすと、

「動かない!」という水野住職の声と共に容赦のない警策が飛んできた。警策というのは、お坊さんがよく持っているイメージのある、あの長い木の棒である。


1時間という座禅の時間は、初心者の彼にとって余りにも長かった。一回の座禅が終わって休憩している間も、次の座禅のことを考えると彼は憂鬱になった。座禅をすれば心の平穏が得られるかも知れない、なんて考えていた自分は本当に甘かったと彼は後悔した。

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