第33話 デートしましょう

 食事は、一応、何の事故もなく終わった。

 ……いや、予期せぬことはあった。


 それは、


「く、苦しい……食べ、すぎた……」


 僕のお腹が、限界ギリギリまで食べ物を詰め込んだこと。

 自分でやったことじゃない。

 犯人は、シャロンとアリシアだ。


 さっさと自分の料理を食べればいいのに、何をどう解釈したのか、二人は最後の最後までほとんどの料理を「はいあーん」した。

 無論、食べるのはボクだ。


 僕に食べ物が集中した結果、これまでに見たことがないほどお腹が張った。

 苦しくて下手すると口から料理が出そう……。


「ノア様……だ、大丈夫ですか」


 一歩一歩、ゆっくりと歩く僕に、申し訳なさそうなシャロン。

 そうだよ。君がたくさん食べさせてくれたおかげで、こうなりました。


「大丈夫、ではないかな……油断したら吐くね。一度、部屋に戻りたい」

「どうせ今日は休みだもの。三人でのんびり過ごしましょう」

「わかりました。わたしが支えるので、楽にしてください」


 しれっと何もしないアリシアはともかく、シャロンはええ子や。

 僕の肩を支えてくれた。


「ありがとうシャロン。シャロンはいい子だね」

「そ、そうですか? えへへ……ノア様にだけ、いい子です」

「……しょうがないわね」

「アリシア?」


 僕とシャロンを見て、深く溜息をついた彼女。

 おもむろに手を伸ばし、空いたもう片方の肩を支えてくれる。


「わたしとシャロンのせいだし、部屋まで送るわ。ごめんなさい、ノア様」


 あのアリシアが、素直に謝った……!?

 いや、彼女は元から素直な方だ。

 口調から誤解されやすいが、意外と心配性だったりする。


 けど、普段のクールな姿からは想像できないほどしおらしい反応に、僕は驚いてしまう。


「あ、ああ……うん。料理は美味しかったから、無理して食べたぼく自身のせいでもあるよ。気にしないでくれ」

「本当に、あなたは優しいのね。損する性格だわ」

「こればっかりは、直しようがない」

「ええ、そうね。生まれながらの性分は変えられない。わたしも、生意気な性格は変えられない」

「可愛い方さ」


 勇者やその仲間に比べれば。


「ありがとう。でもね? 最近は、そんな自分でも嫌いじゃないの。受け入れてくれる人が、二人もいるから」


 そう言って彼女は微笑んだ。

 屈託くったくのない笑みに、僕とシャロンは揃って言葉を失う。

 代わりに、


「ははは」


 と同時に笑うのだった。


「な、何よ。二人して。わたしの顔、変だった?」

「違う違う。アリシアのそういうところ、僕は好きだなあって」

「はい、わたしも大好きですよアリシアさん。絶対に、アリシアさんを嫌いになったりしません!」

「~~~~!? きゅ、急に恥ずかしいこと言わないでちょうだい!」


 照れたアリシアがぷいっと顔を反対側へ逸らしてしまった。

 これではもう彼女の表情は見えない。


 だが、髪の隙間から覗く耳が——真っ赤になっていた。

 それだけで十分すぎる。




 ▼




「はー、疲れた。階段のぼるだけでこんなに大変だとは……」


 アリシア、シャロンに肩を支えられながら、僕は自室に戻ってきた。

 扉を開けて奥のベッドに身を投げて安らぎを貪る。


「わたし達も疲れたわ……部屋が一階だったら楽なのに」

「わたしは平気ですよ。まだ余裕があるくらいです!」

「シャロンは元気だねえ……さすが剣士。素の体力が僕ら魔術師とは桁が違う」

「誰よりも激しく動き、前衛を支えるのがわたしの仕事ですからね! 皆さんより先にばてては剣士の役目がありません」

「僕も魔法を使えば多少はいけるんだけど、魔力操作できる状態じゃなかったよ」

「すごく、苦しそうでしたからね……」


 今もなおタプタプになったお腹を見て、シャロンが苦笑した。

 アリシアが僕の隣に腰をおろし、会話に混ざる。


「わたしももっと強化系の魔法を練習しようかしら。放出する属性系の魔法と違って、あまり得意じゃないのよね」

「魔法に関しては、得手不得手があるからしょうがないよ。僕だって聖属性魔法とか使えないし」


 昔、それこそまだ勇者とパーティーを組んでいた時期。

 僕はエリックやイリスが羨ましくて、彼らの目を盗んでは聖魔法の練習をしてみたことがある。


 結果は惨敗。

 エリック達にバレないよう魔力の放出を抑えてるとはいえ、うんともすんともいわなかった。


 光の欠片すら具現化できずに終わった。

 おそらく、僕が闇属性の魔法に高い適正を持つからだろう。


 思えば魔王も魔族も魔物も、聖属性の魔法を使わない。

 ……要するに、僕は魔物とかと同じ扱い?


 いやいや。

 聖属性魔法は希少な魔法だ。

 使える人の方が圧倒的に少ない。

 僕は決して人外じゃない。ちゃんと人間だ。多分。


「ノア様は他にたくさん魔法が使えるじゃない。聖魔法くらい使えなくても問題ないわ」

「それを言ったら、アリシアだって火属性の魔法には高い適正がある。幅広く魔法を極めるのも一つの道だが、中には特化した魔法使いだって少なくない。勇者パーティーのダリアだってそうだ。彼女は攻撃系の魔法に偏った才能を持ってる。拘束とか防御とか治癒とか、その辺は苦手なんだ」

「だからわたしも火属性に特化した魔術師になれと?」

「そこまでは言ってないよ。ただ、そういう道もあるってだけ。覚えたいなら僕が教えるから、じゃんじゃん言ってくれ」

「そ。期待してるわよ、師匠」


 言いながら人のお腹を撫でるアリシア。

 シャロンも僕の隣に座って、のんびりとした時間が訪れる。


「あの、ノア様」

「うん? なんだい、シャロン」

「今日はお休みとのことですが、明日はどうしますか? すぐに、依頼などを受けるか、ダンジョンに再挑戦しますか?」

「いや、明日も休みかな」

「え、休みなの?」


 僕の言葉にアリシアが意外そうな反応を示す。

 これまでぜんぜん休まなかったからね。


「勇者の件があるからね。少しの間、冷却期間を設けようと思う。ないとは思うけど、また外で襲われたら嫌でしょ?」

「たしかに……じゃあ、明日も暇なのね」

「そうなるねえ」

「だったら、わたしから提案があるわ」

「「提案?」」


 僕とシャロンの声が重なる。


 アリシアがにやりと口角を吊り上げ、言った。


「デートしましょう。三人で」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る