第2話 少年

 状況は一向に改善しなかったが、そのせいで村人たちの機嫌が悪くなっていた。今までだったら簡単に受け流せたことでも、ちょっとしたことで喧嘩になるし、子どもが大泣きすると「水が勿体ないからやめなさい!」と母親が叱る始末である。


 タカテラスはささくれ立っている村人たちと関わりたくなくて、村の外郭を鍬を持ってぶらぶらと歩いていた。


「どうしたらいいんだろうなぁ」


 大人も大人だが、このままでは子どもが不憫である。自分には大して能力などないが何かできないかと思いながら歩みを進めていると、村の入り口にある岩場の陰に、誰かがうつ伏せで倒れているのを見つけた。


(誰だろう……?)


 しかし、彼はすぐに駆け寄らない。一目見ただけで村人ではないことが分かったからだ。倒れていた者は、鮮やかな藍色マントを羽織っている。そんなものを買えるほど豊かな生活をしている人間はこの村にはいない。


 タカテラスは担いでいた鍬の柄をぐっと握って警戒しつつ、そっと近づき、どういう人なのか確認しようと屈んで顔を覗こうと試みる。しかし、頭に被せられたフードのせいで何者か分からない。ただ、長いマントに隠れている体の大きさからすると子どものようにも思えた。


「……」


 タカテラスはぴくりとも動かない人物を少しの間眺め、悩んだ末に、勇気を振り絞って、その人物の肩を突くように触れながら声を掛ける。

「おい。……おいっ」

「うう……」

 どうやら生きてはいるようだ。

「……悪いが、顔を見せてもらうよ」


 彼はその人を横に転がし仰向けにすると、この村にはいない色素の薄い髪色に、あどけない顔をした少年の顔が現れた。


「子ども、だ……」

「う、うう……」


 仰向けにした途端呻くので、怪我をしているのだろうか、とタカテラスは思う。顔色も蒼白なので、その痛みに苦しんでいるのかもしれない。

 しかしどうしてこのような辺鄙な村に、上等なマントを羽織り、この辺りの人間とは違う姿をした少年が姿を現したのか――。タカテラスは想像した。もしかすると賊に追われているのかもしれないし、どこかの村が用意した偵察員なのかもしれない。

 ただの想像でしかないが、どちらにしても厄介ごとになる可能性はある。


(だけど、放っておけないよな……)


「うう……」


 彼は唸る少年の顔を見ながら数秒考えた末、自分が羽織っていたみすぼらしいマントを脱ぐと、少年の体を起こして背負い、その上に自分のマントを羽織る。こうしておけば、村の人たちにも見つかりにくくなるだろう。

 そして彼は出来るだけ急いで、少年を自分の家に連れ帰った。



 タカテラスは、村人たちに何を言われるか分からないので、見られないように帰ったわけだが、家族に話さないわけにはいかない。

 少年を背負って帰っていたタカテラスの姿を見た家族——特に両親——の反応は冷たかった。


「タカ! どこほっつき歩いてると思ったら! 、どこで拾って来たんだい!」


 それも仕方ないことである。雨が降らなくて村は困っている状態なのに、人助けをする余裕などないのだから。


「いや、なんか、村の入り口にいてさ……」


 と、言って自分の背をちらと見ると、不思議なことに少年が着ていたマントの色がくすんだ灰色になっていた。最初に見たのは見間違いだったのだろうか。

 そう思いつつも、タカテラスは逆にホッとする。あんな藍色のマントを着た少年を背負っていたら、正直何が起こるか分からなかったからだ。


「村の入り口? よそ者ってことか」


 厳しい表情をして父が尋ねてきたが、タカテラスは無理に隠そうとはせず「そうだと思う」と答えた。


「村長に言ったか?」

「これから言うよ。だから、父さんたちは何もしなくていいから」

「よその村の偵察員だったらどうするんだ。もしかしたらここの麦を狙っているのかもしれねぇ」

「父さんが心配していることは分かってる。分かってっから、大丈夫」

 そこに母が口を挟んだ。

「何が大丈夫なもんかね。雨も降らないっていうのに、面倒事ばかり……。嫌だね」

「そんなことにはならねぇよ。この子の面倒も、俺が見っから」

。全く、自分たちの生活だけで精一杯なのに、人様の世話をしようとするなんて……」


 タカテラスは母の言っていることに違和感を覚えたが、そんなことよりも背中にいる子を早く横たわらせてあげたいと思った。唸り声すら聞こえなくなり、息もよく聞こえない。もしかしたら具合が悪くなっていると思うと気が気でなかった。


「ごめん、母さん。皆には迷惑をかけないようにすっから」


 母が大きなため息を吐くのを聞きながら、タカテラスは背負った少年と共に自室に引き下がった。


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