癒しの如雨露
彩霞
第1話 雨が降らない村
これは小さな村に住む、とある青年に起こった話である。
青年の名はタカテラス。年は19の農夫である。
妻はまだいない。
しかし、婚約者はいる。
自分の家から2つ隣の娘だ。農村部ではよくあることだが、親同士が話を進め、彼は20歳になったら彼女と結婚することが、15のときに決められた。
それがいいとか、悪いとかではなく、彼らは両親が祖先から代々受け継いできた畑を自分の子どもに継がせなければならないので、世継ぎを作らなくてはならないのだ。
結婚は生きていくためにしなくてはならないこと。後を継ぐために、子を産む。村が存続していくためには、そういう考え方をするにが普通だった。
「いい雲だなぁ」
今年の分の種を蒔くために畑を耕していたタカテラスは、腰を伸ばすために空を見上げると、ゆっくりとした口調でそう呟く。
彼は変わらぬ日々を送りながら、もう少しで訪れる20歳の誕生日が来るのを、静かに、そして優しい気持ちで待っていた。
順調に進んでいると思われた農作業が思わぬ事態となったのは、種まきをしたひと月後のことだった。毎年種まきをしてから20日以内には必ず恵みの雨が降るのに、その年は降らなかったのである。
「お天道様にも事情があるんだろう」
村長や村人たちはそう言って、多少のずれは気にしないことにしたのだが、3日、5日と過ぎても一向に雨が降る気配がない。
「参った」
ここの土地は元々水が少ない。
村の中には、小さな、小さな川はあるのだが、それは全て雨水に委ねられている。雨が降れば川に水が流れるし、降らなければ川の水は枯れるのだ。
また村人たちの生活用水は、家の外に出してある大きな甕に溜まった雨水である。このことからも分かるように、この村の人々の水源は雨水であるため、雨が降らなければ干からびてしまう。
このままでは、折角植えた種が台無しになってしまうし、穀物が収穫できなければ、村が貧困に陥ることになるだろう。
しかしだからと言って甕に溜めた生活用水を畑に使ってしまえば、あっという間に水が無くなり、人々は生活することすら困難になる。どちらにしても難しい選択を迫られることになった。
村長は村人と話し合いを重ねたが、行きつくのは「現状維持」しかなかった。水を大きな川から引いてくるという考えも出たが、そんなことをして他の周辺の村と諍いが起きないという保証はない。
タカテラスは村の会合に参加した父から話を聞いたが、何もできなかった。考えていることは他の村人と同じであり、それ以上の着想は思い浮かばなかった。
そして、一刻を争う事態のとき20歳になったが、結婚は「雨が降って、土から芽が出てから」ということになってお預けになったのである。
「いい夜空だな」
タカテラスは夜に家の外に出て、満天の星空を仰ぎ見た。真っ黒な空にはきらきらと小さな光が瞬いている。ずっと見ているとあの闇にある光の中に吸い込まれてしまう気分になりながら、ふと、雨が降らなかったらどうなるかを考えた。
雨が降らなければ作物が育たない。作物が育たなければ結婚ができない。結婚ができなければ跡継ぎができない。タカテラスの全ての決断を握っているのは「雨」。とにかく雨を降らせなければ、彼の人生はこのまま何も進まない。
しかし、別の選択肢もあると思った。
ここが駄目なら、村の外に出稼ぎに行くしかないだろう。そうなったら畑を耕すこともなくなるし、雨が降らなくても生活用水だけ確保できていればいいのだから、今ほど苦労することもないかもしれない。
それに、結婚だってなくなるかもしれない。
「……何、考えているんだろうな」
タカテラスは自嘲気味に笑うと、家の中へ入った。
自分はここにいる運命なのである。どんなことがあろうともここに根を張り、生きていかなければならない。
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