ミスター・ダークウェブ

双葉 黄泉

第1話 闇の誘惑

「あなたの心の中に巣くっているやり場のない憎しみや憤りの感情。私達が全てきれいさっぱり解決致します。

個人的な恨みやかつて受けた屈辱的なイジメ、虐待etc. 相手が一人でも複数人でも大丈夫です。お客様のご依頼通り一人残らず完璧に処理致します。

先ずは、無料の当法人専用システムにご登録いただき、当法人専属のカウンセラーとカウンセリングを行っていただきます。

カウンセリングにより双方合意に至りましたら、一度仮契約を締結致します。

その後システム上にてお客様と当法人担当スタッフによる綿密な打ち合わせを数回に亘って行わせていただき、業務遂行までのプロセスを構築させていただきます。ここでようやく本契約の締結となります。

当法人の専用システムに関しましては、大手企業と同等のセキュリティ、安全性を確立しており、お客様の個人情報や当法人所有の機密情報等が外部に漏れる事は決してございません。


何卒宜しくお願い申し上げます。


                     一般社団法人  ジャスティス

                           代表 須崎すざき 明憲あきのり




 

「ヤバそうだな……」

 自宅のパソコンからダークウェブへのアクセスを繰り返していた海津かいづ ゆう太郎たろうは『ジャスティス』のサイトに辿り着いて、所謂いわゆる『復讐代行業』を日常業務として行っているであろうこの法人に何か強い違和感というか懐疑心を抱かずにはいられなかった。


「本当に依頼通りに復讐してくれるのか?」

 悠太郎は、インターネット上に幾らでも蔓延はびこっているこの手のビジネスや誘い文句には免疫が強い方だと自負していた。


彼自身ダークウェブのヘビーユーザーとして独自のアクセス手段やセキュリティ設定を駆使するだけのPCスキルを持ち合わせていたものの、ダークウェブへのアクセス自体が、非常にリスクの高い危険な要素に満ち溢れており、そこで見つけた『ジャスティス』の謳い文句を含めた広告文を読んでも、そこに一歩踏み込むような事は自分に限って絶対に有り得ない、という自信があった。



「それに、俺自身殺して欲しい程憎しみや憤りを感じる人間は今の所居ないし、居たとしても代行殺人なんか警察に捕まるのは目に見えてるよ。下らねぇなぁ……」

悠太郎は、パソコンの画面をこまめに切り替えながら慣れた手つきでキーボードを操作して、この日のダークウェブサーフィンを終了した。


「ジャスティス=正義……」

 悠太郎が、微笑みを浮かべながらデスクから離れようとしたその時だった。


「あん?須崎?須崎 明憲……」

 嫌なタイミングで嫌な名前を思い出した。悠太郎にとって『殺す』に値する唯一の存在である人間の名前だった。


「こんにちは~!お久しぶりですねぇ……須崎 明憲殿~!」

 

これから始まる日常社会とはかけ離れた世界の復讐劇は、インターネットのダークウェブ上を主戦場として繰り広げられる残酷で血腥ちなまぐさい腐ったオンラインゲームだ。そこでは多くの人々が自らの意思とは裏腹に争いに巻き込まれ、犠牲になっていくだろう。そして、救いようのない結末を迎えたその時、誰にとっての『罪』を誰が清算したのか?彼らに裁きを下せる全能の神のような存在など現れるのだろうか?海津 悠太郎と須崎 明憲の間に過去何があったのか?全ての答えは意外と簡単に見つかるのかもしれない。


「よろしくどうぞ~!」

 悠太郎の顔は苦痛に引きったように醜く歪んで、脂ぎっている大量の汗が止まることなく毛穴から噴き出していた。



 一般社団法人 ジャスティスの闇の活動は、ダークウェブ上限定とはいうものの、静かにゆっくりと確実にクライアント達の復讐代行任務を遂行しているようだった。


 代表を務める『須崎 明憲』彼は、この組織の優秀なスタッフの中でも抜きん出た頭脳と情報処理能力を併せ持ち、ジャスティスの運営及びシステムの構築やコントロールをほぼ一人で行っている『化け物』だった。


 ジャスティスのスタッフである瀬浪せなみ 明梨あかりは、元々は復讐依頼をしてきたクライアントの一人だった。任務を遂行し終わって、後は成功報酬をジャスティスの指定ネット口座に振り込むだけという段階で、明梨はジャスティスの違法行為をマスコミにリークし始めた。彼女は端から復讐代行だけを頼んで、後は多額の成功報酬を払わずに全てを世間にばら撒いてジャスティスの存在自体を消すつもりだった。



「おい、明梨~!!」

 スタッフミーティングの時間が迫っている中、須崎は瀬浪 明梨を個別に呼び出した。

「はい、須崎代表。どういたしましたか?」

 明梨は、澄んだ瞳で須崎を見つめていた。

「うん。まぁ、いろいろあったけど、今の君はうちに絶対必要な人材の一人だ!あの時の事は、もう誰も話題にすらしないよ!って言いながら、俺が今話題に挙げているけど……」

「確かにそうですね!フフッ!」

 明梨が笑顔になると須崎も微笑みながら、

「さっき、新規クライアントから依頼があったよ。ただ……」

「ただ?」

「君の時とは別のパターンでの陰謀のようなものを感じる……」

「……」

「このクライアントの担当を君に任せようと思っている」

「それは大丈夫ですけど。そのクライアントの何が問題なのですか?」

「これは俺の長年の勘とか推測の域を出ないけど、このクライアントは恐らく現実世界に於いて、このジャスティスのスタッフの誰かに屈辱的な扱いなどを受けてそれらが強烈なトラウマとなっていて、復讐の依頼と偽って実は俺らの組織を潰しに来ると……」

 須崎は饒舌に喋り過ぎたと少しだけ反省しながら自らの首をギロチンで落とすジェスチャーをしてみせた。

「えっ!もしかして狙われているのは須崎代表ですか!?」

 明梨はやや動揺しながら須崎に真意を確かめた。

「海津 悠太郎。今回のクライアントであり、かつて俺によって地獄の淵を這わされた経験のある腐った輩だよ!」

「かいづ ゆうたろう……」

 明梨は、その名前をどこかで聞いたような感覚に陥った。記憶の紐をゆっくりと辿っていこうとしたその時、

「大した奴じゃない!少し気をつけておけば、うまくやり過ごせるよ!」

 須崎は明梨にアイコンタクトを送ってその場を離れた。明梨は、これから始まるであろう『ゲーム』に関われる事を想像して、ワクワクする気分の高揚を抑えきれずにいた。

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ミスター・ダークウェブ 双葉 黄泉 @tankin6345

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