第431話 山にとっては
この修行には意外と集中力を使った。体のバランスを取るためには精密な魔力のコントロールが必要となってくる。
並の魔法使いよりかは精度がいい私でも流石に体全体のバランスを取るにはまだまだ修行が足りない感じだ。それでも着実に良くなってきてはいる。
あぐらの体勢が一番バランスが取りやすいのだが、それでも体を安定させるのには程遠い。なぜなら、要所要所で
《高度を上げてください》
と監督ツムちゃんから指令が飛んでくるのだ。その通りに高さを調節しようとするとまたバランスが崩れせっかく時間をかけて作り上げたバランスが全て崩れ去るのだ。
一体どれくらいの時間が経過しているのかわからない。目を開けている暇すらないほど集中仕切っているからだ。
額には汗が滲んできて、残りの魔力も少々心もとないほどになってきていた。
《では、今日のところはもうこれくらいにしておきましょう》
そのセリフを待ってました!
とばかりに私は魔力の一切を断ち切り地面に降りる。
「はぁ……死ぬかと思った」
まあそこまではないにしろ、かなり難易度が高いのは確かだ。
汗がぼたぼたと垂れてくる。久しぶりにここまでの高強度のトレーニングをしたのだから体が鈍っていた。
「まだまだね、もう少し……時間をかけていかないと」
この修行は明日以降に回そう。そう思って立ち上がると、空はすでに夕暮れ時でオレンジ色に変わっていた。
「そろそろ帰ろうかな……って、あれ?なんか景色変わった?」
あたりを見渡す。私は確か山の頂上……私が吹き飛ばしたせいで草木が何も生えていない地面で修行を始めたはずだったのに、気づけば草木が大量に発生してさらに、私を囲むように木が伸びている。
「しかも……なんか大きさ変じゃね?」
《主が魔力を放出し続けた結果、木々は変化したようです》
「ほほう?木の背が伸びただけならいいんだけど……」
《魔力によってこの山はあなたのことを『主』と認めたことを除けばそれだけです》
「そこが一番重要なんだよ!」
主人として認められたって?山なんだからそういうのあり得ないでしょうが!
《いえ、八呪の仙人も霊峰を自らの所有としています。よって、主も立場だけならこの山にとっては『仙人』と呼べる存在でしょう》
仙人なっちゃったよ……。
「ま、まあ山にそう思われようが私の知ったこっちゃないし?別に私が何もしなくても山は生きていけるから!」
気にしない気にしない。気にしたら負けなのだ。
「何も見てないぞ、私は」
そして、私は宿へ帰るのだった。
♦️
一方その頃、幕府軍は将軍様の言っていた『知り合い』という女性を探して悪戦苦闘していた。
幕府の人の中で将軍がとてつもない強さを誇ることは有名な話。各領主が用意した腕利きの護衛たちがなんの役にもたたずに『断罪』されるのはよくある話だった。
一説には将軍様は不死身だの、不老不死だの、仙人だの……辿れば辿るほど人間ではない何かであるかのように語られる。それが数百年ずっと続く噂だった。
ただ、もちろん将軍様は人間であるために、噂の半分ほどは嘘か誇張だろう。だが、そのような噂が流れるほどのお方であるというのは間違いない。
そう言って実力を疑っていたものも、今日をもって誰もいなくなることになった。
都周辺の警備に当たっていた兵士の中に奇妙な報告が記載されているものを見つけた。そこには「山の一部が抉れてなくなっていた」との報告がされていた。
これと、将軍様が将軍様の『知り合い』と戦ったという話と合致することから、将軍様は少なくとも山を吹き飛ばせる存在と互角の強さだと幕府の中で認識されるようになった。
自らが忠誠を誓ってきた将軍様が、ここまでの存在だとは誰も予想できていなかったが同時に誇りに思うものが多数いた。我らが将軍様は誰にも負けぬ文字通りの天下無敵の存在だったのだと。
そうなってくると、問題なのは将軍様の知り合いだ。
ただの知り合いと『戦い』に発展するなど絶対にあり得ない。つまり知り合いとやらは将軍様の『敵』という認識をした方がいい。
山を吹き飛ばす……それがどれだけのことなのかは子供でもわかる。そんな化け物が日ノ本に現れたということは日ノ本の一般市民のとっては一大事に他ならない。
現れたという表現の仕方が正しいのかすらわからない。日ノ本は他国とは違い、はるか昔から日ノ本の守り神として、『仙人』という不思議な存在が確認されている。
仙人は何者にも倒すことができず、日ノ本が誕生してからというもの、常に外敵からこの国を守り続けている。仙人たちは一人一人が超級の強さを有しているため、彼らならば山を吹き飛ばすくらいわけないだろう。
新たに確認されたその『敵』も仙人である可能性が高い。ただ、たとえそれが仙人であったとしても、やることは変わらない。
将軍様に仇なすものは全員が等しく敵だからだ。
「明日にでも軍を派遣しろ。ただし、絶対に怒らせるな」
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