第418話 スパーリング

 幸いにして二人は無事に転移で宿まで帰還することが出来たのでよかった。将軍には二人の顔が割れてしまったので、それが今考えるべき問題だ。


「どうしようかな……これから」


 将軍は明らかに私によい印象を抱いているとは到底思えないし、私がネルネたちとかかわっていることがバレたらお兄様のほうにまで被害が及ぶ。


「二人とも、今から出来る限り他人のような会話をしましょう」


「他人?どういうことベア――」


「じゃなくて、お客様ね?」


 最悪泊った宿にたまたま別邸を襲撃した二人がいたというだけで、言い逃れは出来なくもない。


 そういうわけで、今からは他人のふりをするべきだ。


「わ、わかりましたお客様」


「うむうむ」


 とりあえず、顔合わせ&別邸侵入は午前中にすべて終わってしまった。今日一日中部屋に籠ってほとぼりが冷めるを待つのもいいかもしれないが、


「暇には耐えられん!」


 散々寝たきり状態で一か月ほど過ごしてきたんだ。また部屋の中に閉じこもるのは嫌だ!体がなまる!


「というわけで、私は出かけてきます!お兄様は部屋に戻ってくださって結構ですよ」


 そう言って私は宿を出た。



 ♦



 座天使は上級天使第三位に数えられ、その名の異名として唯一神たる主の戦車を運ぶ者と言われている。そして、異名を『意思の支配者』と言い、物質の体を持つ最高位の天使だ。


 どうやら位が上がれば上がるほど、物質の体とエネルギーの体の割合が変動するらしく、座天使は物質の体を持つ生物の中で最高峰の存在らしい。


 これらすべてがツムちゃん情報である。


 座天使の地上に降りてくることはないはずだが、将軍のあの口ぶりからかなり前から将軍が統治していたのだろう。代替わりせずに永遠と統治する……まさに支配者だ。


「異名はとりあえずいいとして……問題は頭と強さよね」


 どんな生物であっても長く生きていると知恵というものを身に着ける。どんなに馬鹿な動物でも数百年生きていたら狩りの一つくらい覚えられる。


 元々知性を持った座天使はどれだけ頭が働くのか……そして、私が将軍に対抗できるのか。


 座天使はとてつもない強さを持つ存在ではあるものの、その実力はユーリと同程度。私は……おそらく勝てると信じたい。


 言ってしまえば将軍一人が短期で愚策にも突っ込んできてくれたら倒せるのだ。だが、女神に私たち選抜者の存在が知られてしまった以上、排除するべき荷もっと高位の奴らを呼び出すかもしれない。


 智天使や熾天使だ。


「そうなったら、私は逃げるか応援が来るまで耐えるかしかないわね」


 どっちみち負け濃厚。ぜひとも天界にお帰りいただきたい事態だ。


「こうなった以上、情報共有は急務ね……」


 そんなわけで私は転移を発動させ、お兄様が統治する街へと帰ってきました。転移するや否や私の魔力を感じたのか、知り合いが何人か転移した私の部屋に飛び込んできた。


「お嬢様!?」


「あ、やっほー」


「ヤッホーじゃありません!もう帰ってきたのですか?」


 そこにはミサリーとミハエルがいた。私はミハエルの方に視線を向けてズカズカと歩み寄る。


「な、なに?」


「ちょっと聞きたいんだけど、ミハエルさん……の中にいる『天使』のミハエル様はどの位なの?」


 そう聞くとミハエルは黙って天を仰ぐ。おそらくその天使と会話をしているのだろう。


 全く、一体どうやってミハエルの体に天使が入り込めたんだ?いや、ミハエルは元々聖職者だったらしいし……ありえないことではないか。


「ミハエル様は中級天使第五位の力天使だそうです……奇跡の力を扱うのに長けているそうですよ」


「第五位か……」


 奇跡の力を扱うというだけで、物理的な力に特化しているわけではない、力天使という名前なのにね。ミハエル様には座天使は倒せそうにないな。


 実力差がどれくらいかは分からないけど、第三位と第五位の差は広いはずだ。


「今からユーリの元へ行くわ。今どこにいる?」


 ここまででえられた情報は少ないけど、共有はしておくべきだ。将軍が使っていた武器やその能力や動く人形についても……。


「外を走り回っているはずなので、外に出てみればすぐに見つかるかと」


「分かった、ありがとう」


「お嬢様、何をなさろうとしているのかはわかりませんけど、ケガのないように」


「分かってるわ」


 そう言って部屋を飛び出す。こういうときのミサリーはひどく勘が鋭い。これは熟練冒険者の勘というやつか……。


「ユーリと……レオ君も戦力になるかな。二人には状況を話しておかないと」


 そして、もう一つしておきたいこともある。


 私は街の外へ出て辺りを見渡す。そして、それはすぐに見つかった。


「ユーリ!」


「あっ!?」


 土煙をものすごくたてながら走り回っていたユーリが私の声に気づいて全力疾走でこちらまで向かってくる。


「ご主人様!おかえりなさい」


「ええ、ただいま。まあ、すぐにまた戻るんだけどね」


「分かってるよ、でもご主人様が帰ってきて嬉しい!」


「ちょっ……」


 最近はユーリがえらくじゃれてくる。正直眼福で心の健康を保つのにも役立たせていただいております……。


 今だって頭をこすりつけて尻尾を振っている。ここまでなついてくるのは私が一度死んだからだろうな。


「ユーリ、今からやりたいことがあるんだけどいい?」


「やりたいこと?」


 そう、私は実力をはっきりと把握する必要があるのだ。


「スパーリング……模擬戦よ」

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