第417話 成長したかな?(ネルネ視点)
凄まじい音が響く割に音がした方向を向いても建物が崩れた音はしなかった。
「ネズミが二匹。足止めご苦労」
そう言って背中に純白の翼を生やしたその女は地面に降り立った。
「今どこから現れた?」
ラグにもその動きは認識できなかったようで、先ほどまで話していたオートマタの女の子は読書に戻ってしまった。彼女が出る幕はもうないとでも言いたげに……。
「それは必要のない質問です。ネズミは早く追い出さなくてはいけませんね」
「くっ!」
女が腕を一振りすると、そこに光の粒子が集まり始めた。その粒子は次第に彼女の手の中に収まり大鎌のような武器を作り出す。
「死神なのか?」
「いいえ」
「ともかく、ここは逃げるしかなさそうだな……」
ラグにもう一度バフをかけ直す。
「ネルネ、こいつはお前の手には負えない。後ろで待っててくれ、道は開く」
「そう……ですか」
確かに私じゃ力不足だ。目の前にいきなり現れたその女の人は凄まじいオーラを放っている。
絶対に一筋縄ではいかないだろう。
(だからって、見ているだけってわけにはいかないんです……)
ラグと大鎌を持った女性の力の差は女性の方に軍配が上がった。ラグの力ではどうにもその女性の大鎌を吹き飛ばすことはできない。
私のバフは自分で言うのもなんだが、並の魔術師とは比べ物にならないほど強力なはずだが、目の前の女性の前ではさほど意味を為していない。
私がここでとれる行動なんてない。
「どうすれば……」
逃げ道は塞がれており、相手の実力は遥かに格上。
そうしているうちに、相手の大鎌がラグの胸元に押し込まれた。
「大丈夫!?」
「あ、ああ。私も随分となまってしまった……何百年も封印されてたからな」
だが、と言ってラグは立ち上がる。
「準備体操はここまでだ。もう一回!」
そう言ってラグの体から赤黒いオーラが放出された。それを見ていて思う。
私が勝手に絶望していただけなんだと。
「一人でカッコつけないでください。私もやりますよ?」
「はあ?サポーターなんだから後ろで……」
「いいから注意を引いといてください。策があるので」
「わかったよ……」
渋々といった風にラグは飛び出す。『憤怒』の権能を使った、通常よりも強化された拳をその女性に放つ。
「これは……」
大鎌でその攻撃を防いだ女性は少しばかり、ほんの少しばかり顔を顰めた。
そうしてラグが時間を稼いでいる間に、私はオートマタの女の子に駆け寄った。
「えっと……あの、いらない本とかある、かな?」
「え?」
「なかったら……」
まずいけど……。
「ほとんどいらないよ、だって私全部読んだもん」
「あ、そっか!じゃあちょっとだけもらっていいかな?」
「いいけど?無駄な抵抗はしないほうがいいよ。体に傷ができると痛い……らしいから」
オートマタの女の子は興味を失くしたように読書に戻った。その間に私はせっせと魔法を準備する。
(直接あの人を倒す必要はないんだから、簡単な話よ)
「ラグ!退いて!」
「っ!」
ラグが後ろへ引く瞬間に本棚を倒し、そこに火魔法をつけた。燃える本棚の下敷きになりそうになっている女性。
それだけで簡単に倒せるわけではない、むしろノーダメージだがそれで十分だ。
「今!走って逃げる!」
「お、おう」
あとは全力でダッシュ動きは止められて数秒かもしれないが、それでも十分に……
「あーもうとろいな!」
「へ?」
「行くぞ、酔うなよ?」
「な、何するんですか?」
ラグが私の体をヒョイと掴むと、途端に景色が切り替わった。そこはいつもよく見ている宿だ。
私とラグが働くその宿の入り口までいつの間にか戻ってきていた。
「今のは……転移?」
「そうだ、いくら全力で走っても追いつかれるに決まってるからな」
「そ、そっか……」
あのまま走ってたら捕まってたか……。自分の判断ミスに少し落ち込んでいると、ラグが肩を叩く。
「でも、助かったよ」
「本当ですか?」
「ああ。本棚使って逃げようとは考えれなかったから。おかげで命拾いした」
「いやいや大袈裟ですよ」
実際最後に転移で逃げ切れたのはラグのおかげだ。
「最後誰が活躍したとかは関係ないんだよ。吸血鬼の国を出たあの日……ほんとはベアトリスと一緒に旅がしたかったけど、自分にはその資格がないとか言って逃げ出したあの時の自分と比べてみろ」
「そ、そんなこと言わないでください……」
「十分成長したと思うけどな?私が子守りを任されるつもりで一緒に出た旅だったのに、『子供』の方に助けられるとは思わなかった」
「子供って言わないでください!」
そう励ましてくれるラグ。
(とにかく、無事でよかった……)
そう思って安堵のため息をつく。その時にラグが一言思い出したように言った。
「そういえば、ベアトリスにはなんて言おう……」
「あっ」
「資料も見つからず、敵にもバレてなんの成果も得られませんでしたっていうか?」
「……考えないでおきましょう」
そう言って、二人で笑うのだった。
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