第412話 別邸の少女(ネルネ視点)

 ベアトリス達たちが本城で将軍様と顔合わせをしていたる間に、私とラグは本城へつながっている別邸へ向かっていた。


 別邸というよりも、それは屋敷と言ったほうが正しい。本城と比べれば見劣りするサイズだが、都に並ぶ家々と比べたら何家族分も住めるほど大きい。


 別邸へ向かう途中でもその周りを警戒するように動く警備兵の姿ははっきりと見えた。


「ネルネ、やっちゃいな」


「わかりました」


 別邸の門を警備している兵士の元へと向かう。警備兵もこちらの存在に気づいたようだけど、私の『眼』を見た時点でもう遅いのだ。


「お眠り」


 目を合わせた兵士は途端に意識を失くしたように倒れる。実際意識はなくなっているわけで、それを見ていた他の兵士も慌てていたが私と目を合わせることでみんな眠りに落ちた。


「起きた時には記憶はなくなっているはずです」


「よし、入るぞ」


 そう言って堂々と中へ入っていく。


 私の母から引き継いだ権能は『怠惰』


 その名の通りの怠惰らしく、人を眠らせたり多少操ったり、操った人を強化したりなど。完全にサポート型の権能だ。


 ただし、母は吸血鬼の重要人物である『怠惰』本人であるため、素の戦闘能力は他の大罪の吸血鬼と引け劣らないため、それなりの強さだったそうだ。


 ただ、戦いは嫌いで争うのを好まないというのは私も母に似たかもしれない。


 中へ入ってしばらく庭の周りをぐるぐると周回しているとまた警備兵と出会う。


「ネルネ」


「いや、次はラグさんお願いしますよ」


「はあ、私かよ」


「めんどくさそうにしないでください」


 仕方ない、と言いつつラグはこちらに鬼の形相で迫ってくる警備兵たちに向かって赤黒いオーラを飛ばした。その煙のようなものを浴びた瞬間警備兵たちの表情が穏やかなものへと変わった。


「今のは権能ですね」


「ああ。怒りの感情を私が奪った。私たちが何をしようとそれに対し怒らないから止めようという気も起きない。見ていたとしても大したことないこと……としか置かなくなる」


 ラグの権能は『憤怒』で、その本質は完全パワー系である。


 怒りの感情を集めれば集めるだけ強力な攻撃を繰り出すことができ、色欲の吸血鬼が危険視して封印を試みる程には強い。


 巣のステータスがスピードと攻撃に特化していて、それに上乗せされて繰り出される『ただのパンチ』はとてつもない威力だ。


「お、カギ見つけた」


「じゃあ、中に入りましょう」


 今回も堂々と中へ入り別邸を見渡す。


 和の雰囲気を感じさせながらも所々で他国の装飾と似通ったものがあり、独特な内装をしていた。


 別邸の中には兵士はほとんどいなかった。将軍がわざとそうしているのかは知らないがこっちにしては好都合。


「執務室はここか?」


 それらしい部屋を見つけて中に入る。その瞬間ラグの手が私の顔の前に動いた。


「クロスボウだ。罠はしっかり張ってるんだな」


「み、見えませんでした……」


 あれが刺さってたら頭が少し痛んでいただろう。


「だが、そう簡単に見つけさせてくれないか。全然ねえじゃないか」


「ほんとですね。本棚はたくさんあるのに、あるのは中身が抜かれた本だらけ」


 本棚に隙間なく埋められている本たちはどれもこれも中がない奴ばかり。一応執務机の中も見るが何もない。


「くそ、次だ」


 それを幾度となく繰り返していく。


 最終的に回った部屋は10以上もあった。


「飽きた……帰りたい……」


「ちょっと?ベアちゃんのことを助けなくていいの?」


「うるせぇー、大体あいつが封印から出れたの私のおかげだし」


「ラグさんが封印から出れたのは誰のおかげだったかな?」


「……わーったよ。残ってる部屋はあと一つだし、それだけだぞ?」


 分かっているのかわかっていないのか……。


 最後に残ったのは一階の階段裏にある小さな暗い部屋だ。


「開けるぞ?」


 扉を開くと、ギィーという音が響きながら暗闇が見えた。外からの光が差し込んでいるのにもかかわらず中が真っ暗で見えないことに不気味さを覚えて、明かりをともす魔法を使って中を照らす。


 すると、


「こ、子供?」


 そこにいたのは小さな女の子だった。小さな女の子……は黒髪黒目と日ノ本の国の人々と特徴は一致し、その顔は人形のように整っていた。


「あれ、お客さん?」


「っ!」


 明かりではっきりと見える少女の顔、その目だけがこちらをぎょろっと見た。


「おかしいな、今日はこ・こ・に・お客さんを読んだ覚えはないんだけど」


「まあ、招かれざる客ってわけだな。私たちは」


 ラグは冷静に少女に受け答えをしている。


「そう、そうなの。あと、今読書中だから少し静かにしてくれる?」


「そりゃあ悪かったな。ただ、目撃者は全員記憶を消すって決めてるもんでな」


 ラグが私の目では追いきれないスピードで地面に寝っ転がっている少女の背後を取った。


 しかし、


「うるさい」


 振り向きもすることなくその少女はラグの位置を正確に見抜き、何かを放った。残念ながらそれも私の目には追いきれない。


 押し返されてこちらまで戻ってきたラグが一言私に言った。


「こいつはやばいぞ――」

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