第379話 狐と幻花(ミハエル視点)

 パッと再び視界が変わる。コンマ数秒の出来事だったようだ。


 そこには先ほどの白い水面の広がる景色はなく、古びてなおかつ壊れかけた神社が目の前に鎮座していた。


「どうしたの?ミハエル」


「いや、一瞬何かが見えて……」


 気のせいだったのだろうか?神社の中にもう一歩踏み入れても視界が切り替わる様子はなかった。


「ここの神社も随分廃れたものね。私が子供のころはご利益があるからって結構人気だったのよ?」


「何年前からあるんですか?」


「この街が出来た当初からよ」


 お賽銭箱は半分が壊れていて、中身が漏れ出している。そして、右側にいる狐の像も壊れてしまっている。


「この狐……白色ですか?」


「え?」


「いや、なんとなく……白色のお狐様が祀られているのかなって」


「確かに、そんなことを聞いたような気が……」


 その狐の像に近づき、軽く触れると、


「わっ!?」


 触った瞬間狐の像が消え、また一面の白世界が広がっている。


「あっ!」


 辺りを見渡しているうちに先ほどこの世界で見た美しい白い狐がいた。


「亜神様ですよね?」


 話しかけてもその狐は喋ろうとしない。いや、狐だから人の言葉は分からない?


「あなたに、神格について聞きたくて――」


 私がそう言って、説明しようとするのを狐は黙って見つめていた。


「――どうすればいいのでしょうか?」


 私はありったけの思いをぶつけた。


「どうしても助けなくちゃいけなんです。私は……私がやらなくちゃいけないから」


 狐は黙って私を見つめ、そして、私に向かって歩き出した。一メートルほどの間を空けて、その狐は私に自分の顔を近づけてきた。


 まるで、何かを聞いているかのように。私には、「それだけか?」と聞かれているような気がした。


 助けてもらった恩人一人を生き返らせるためだけなのか、そう問われている気がしたのだ。


「違います。私はできればみんなを救いたい」


 争いのない世界……みんな平和に暮らしていて、何事もなく寿命で死んでいくという、そんな世の中になればいい……と、私は思っている。


「思っているだけじゃ実現しないから、私は神にならなくちゃいけないんです」


 自分の耳でもうるさいと感じる程の声量でいつの間にか強く訴えていた。亜神に対してなんて失礼な態度だろう……無視されるかな?


 そう思ったが、結果は違った。


「それは……なんのつもりですか?」


 前足を上げてそれを私の胸のほうに指した。触れることはなく、ただ何かがあるかのように指示している。


「もう……わからないですよ。何か言ってください!」


 狐は喋ることはしない。しびれを切らした私が前に一歩踏み出した時、


「あ、あれ?」


「どうしたの、ミハエル?さっきから様子が変ですけど……」


「ライ、様?」


 また視界が元に戻っていた。


「どういうことなんだろう……」


 結局、その日はもうあの白い世界に入れることはなかった。



 ♦



「結局収穫ゼロか~」


「まあ、そんな簡単にいくとはみんな思ってなかったでしょう?諦めない諦めない」


 もはや寝床と化した組合にみんなが集まって一度休息を取る。十数分前までこれでも戦でバタバタしたいのだから、しょうがない。


「他の街にもいってみる?何か収穫あるかもだし」


「ですが、この街を簡単に離れるわけにはいかないわ。反乱軍が攻めてきたら、対抗できるかどうか……」


「そういえば、レオ君たちは?」


 そのミサリーの質問にみんなが揃って首を振った。


「探したけど、どこにもいなかった……きっとユーリ君と一緒に連れ去られたのね」


「え、まってそれって……」


「蘭丸もいなかったわ。あの三人……別行動してたし、どっかであの男にやられたのね」


「そうなると、私が抜けただけでも戦力が……」


 蘭丸、レオ、ユーリの三人がいなくなったことで洗脳されて敵側に協力しているものと思われる。つまり、


「ここを死守するのでも精一杯でしょうねぇ……」


「それでも、どうにかしなくては」


 みんながそう悩んでいる時、一人が声をあげる。


「一つ提案をしよう」


 八呪の仙人がそう挙手して、みんなの視線を集めた上で話始める。


「……幻花という数百年に一度しか咲かない仙草がある。それを使えば一度だけ、どんな願いも叶うと言われている。それを使ってみるのはどうだ?」


「なんですか、そのすごいアイテム!」


「……咲く場所は知っている。そして、もうすぐその花は咲くだろうそれを使うといい」


「そんなもの使っていいんですか?そんな貴重なものを……」


「一向にかまわん。我は……いや、何でもない。とにかく、我が許可したのだ。それを使うといいだろう」


 と八呪の仙人は言った。みんなが希望を見つけたと明るい顔をしていたのに対し、八呪の仙人だけは暗い顔をしていた。



 ♦



 本当は全部知っていた。ベアトリスには幻花のありかは知らないといったが、本当は全部知っていた。


 我はそこまでバカではない。とっくに幻花を使うという手段は検討していた。それを検討し始めたのは、前回の幻花が枯れた後だったから数百年間待ち続けていたわけだが。


 その花を……数百年待ち焦がれていた幻花を我は今、見ず知らずの娘に使おうとしている。全く、ばかばかしい。


 そんなことしなくても我はどうでもいいはずだ。だが、どうにも無視することはできなかった。


 我の、友を……どうしようもなくなってしまった友を助けたいという願いを聞いて、「協力する」と言ったただ一人の娘を死なせたくないと思ってしまった。あの娘なら、幻花がなくてもどうにかしてくれるという、期待も心の隅の方にあった。


(我も変わったな)


 それはいい方向なのか悪い方向になのかは自分でもわからない。だが、少なくとも我はあの娘を救ったほうがいいというのは確かな自分の中での結論だった。

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