第331話 護送依頼

「どうだった!?なんかイベントは!?」


「やっぱりわざとですか?」


「いや、なんていうか……ほら、若いんだからそういうイベントの一つや二つあったっていいだろう!?」


 冒険者さんが、ほぼ強制的に二人を温泉に連れてきたのは結局話のネタにするためだったと……温泉から上がった後聞いてみた結果がこれだ。


「にしても嬢ちゃんはモテるねぇ~」


 湯冷めにアイスを食べている二人のほうを見ながら冒険者さんが呟く。


「俺にも女房がいるが、いつも邪険に扱われるんだよなぁ……俺が何したっていうんだろうか?」


「素直になれないだけじゃ?」


「いいや!あれは絶対に違う!冒険から帰るたんびに『けがはしてないの?ふーん、して帰ってくればよかったのに…』って言ってくるんだぞ!?」


 それ、冒険に出ないでうちにいなさいという意味だと思います……。怪我したら冒険に出れない=ずっと家にいてくれる。この等式になぜ男は気づかない?やっぱり心配されてるじゃん。


「それよりも、今日この街を出ていくのか?」


「ええ、まあ。待ち合わせの子が街に来ればすぐにでも……」


「そりゃあ寂しいな。いきなり街に現れたと思ったらAランク冒険者で、しかもスタンピードも食い止めたんだから」


 かなりの高評価をいただいたけど、私まだ冒険者になって数日なんです……。


「あ、そうだ。ギルドマスターがお前らのことを呼んでいたぞ?冒険者組合にいるはずだから、行ってきたらどうだ」


「ライヘルさんが?」


 昨日のスタンピードのことはちゃんと報告したから、一体何のことだろう?



 ♦



 組合は宿から歩いてすぐの場所にある。三人とも昨日と同じ格好だが、宿の主人に洗濯を頼んだので、とてもいい匂いがする。風魔法で乾かせば、洗濯してから十分も経たずに乾燥するので、魔法は便利だ。


 早く冒険用の服の性能も試したいのだが……それはまた今度かな。


「すみません、ギルドマスターはいらっしゃいますか?」


「ベアトリス様ですね、どうぞこちらへ」


 そう言って案内されるのは昨日ライヘルさんと話したあの部屋だった。来賓室と書かれている札がある部屋だ。


「来ましたか、ベアトリス様。そこに座って楽にしてください」


 三人が大きなソファに腰掛けたことを確認すると、ライヘルさんは三枚の紙を用意して、それを目の前の机の上に置いた。


「こちらの紙は、推薦状です」


「推薦状?」


「Bランクから上へあがる際に必要な推薦状ですよ」


 ランクを上げるには推薦まで必要だったのか……。


「ん?ってことは!」


「この街のギルドマスターとして、私はお三方の昇級を本部に推薦しようと思います。もちろん、皆様方は特例となりますので、話がスムーズに進むとは限りませんが……」


 推薦状の名前の欄にはライヘルさんのフルネームが記載されていた。


「レオ様、ユーリ様はAランクに。ベアトリス様はSランクへの推薦です。冒険者歴が短いとのことで、話は難航するでしょう。ですが、Sランク冒険者の推薦があればベアトリス様はスムーズに――」


 そう言って説明していたところに、


「お嬢様!こちらにいらっしゃいましたか!」


「ミサリー?」


 バタンと大きな音を立てて開いた扉の目の前には汗だくになっているメイド姿の女性がいた。それは紛れもなくミサリーで……。


「あなたは……Sランク冒険者のミサリー様ですね?」


「はぁ……ええ、そうですが?」


 息を整えながら、ミサリーは部屋へとゆっくり入ってくる。


「お嬢様ということは……」


「そうです、私はこちらにおわすベアトリス様の忠実なしもべでございます」


 しもべって自分で名乗るものじゃないでしょ……。


「そうでしたか、ということは推薦状はすぐにでも通るでしょうね」


「何の話ですか?」


「ベアトリス様のSランク推薦の話です」


「まじですか、お嬢様!?」


 とても驚いた顔をしているミサリー。


「ええ、なんか成り行きで……」


「そ、そうですか……私、十数年かけてSランクになったんですが……」


 なんかごめんよ、ミサリー。


「でも!主人の昇格を素直に喜べないほど愚かではありませんから!誠におめでとうございます!」


「あ、ありがとうミサリー」


 と、ミサリーも合流したし、そろそろ出発だろうか?


「ライヘルさん、手続きのほうはお願いしていい?」


「はい、わかりました」


「じゃあ、私たちはそろそろ出発しましょうか」


「どこへ向かわれるのですか?」


「東の島国……日ノ本の国です」


 そういうと、ライヘルさんは顔をしかめた。


「あそこは今、内戦が起こっているとかで、内政が不安定ですよ?」


「それでもいかなきゃいけんですよねー……」


 うん、だってそれを止めるために派遣されたんだもんね。


「そうですか……じゃあ、ついでにこちらの依頼を引き受けてくれませんか?」


「依頼?」


 羊皮紙が一枚追加で机の上に置かれた。


「日ノ本の国までの護衛依頼……護送ですね」


「へー。内戦が起こっているのに、行きたい人なんているんですね」


 少し変わってるなと思いつつ、ちょうどいいからその依頼を受けることにする。


「その依頼主はすぐに出発できるのですか?」


「はい、そうらしいです。住所をお書きするので、その場所まで向かってください。そこにいる『店主』が、今回の依頼人です」


「店主?」


 そう言って、渡された小さな紙。そこには小さく描かれた地図と、その人の住む通りが書かれていた。


「あの……この場所、どこの通りとも被ってないんですが……」


「ああ、その人は路地裏に店を構えている少し変わった人でして……」


 あ、なんだか嫌な予感が……。


「まあとりあえず、向かってみます――」



 ♦



「というわけで、ここに来たわけだけど……」


「よろしくお願いします」


「服屋の店長さんかい!」


 そこにいたのは補助魔法を使える店長さんだった。


「お知合いですか?」


「この新しい服を買った店の店長さんだよ、名前はえーっと……」


 そういえば名前を聞いていなかった。そう思って店長さんのほうに視線を動かすと、ほぼずっと無表情だった店長さんが少し微笑んで、


「ミハエルです」


 と名乗る。


「少し長い旅路になると思いますが、よろしくお願いします」


「うん!よろしくね!」


 こうして私たちはこの街を出るのだった……。


「っと、その前に。このメイドさんの新しい服も見繕ってもらっていい?」


「お嬢様?」


 すると、ミハエルの目の色が変わる。


「了解しました」


 そういってすさまじい速度で店の中へと入っていく様子を、私たち三人は苦笑いで見守るのだった。

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