第332話 港町

 護衛四人とミハエル一行は馬車に乗り、草原のほうまで進んでいた。大体の距離でいうと、十キロ程度だろうか?


 街の影は全く見えなくなり、いくつか違う街を通り過ぎながら東へ向かって進んでいく。


「お嬢様……この服、どうでしょうか?」


 シンプルな黒い衣服で、袖部分の幅が広くミサリーの腕五本分くらい入るのではないかというくらい袖が広い。元々そういうデザインなのだろう。


 そして、履いているズボン?は短く、ズボンと靴がベルトでくっついている。太もも丸見え状態だが、これはミハエルの趣味であると後々聞いた。


 自分で着ればいいのに……と思ったが、本人曰く「私はあくまで魔術師の店長だから」という返答がきた。魔術師らしい格好がしたいのだとさ。


 補助魔法の使い手は珍しいし、庶民にとって魔術師は憧れの象徴だからね。魔力を自由に扱える人間は貴族に多く、普通の生活を送っている人が魔法に目覚める可能性はかなり低い。


 ミハエルはその最たる例であるそうな。平民出身ということだね。


「似合ってるよ……ちょっと、目線があちこち行っちゃうけど」


「どういうことですか?」


「もう!なんであなたはそんなにスタイルがいいの?スリーサイズ教えなさいよ!」


「そんなことないです、お嬢様。将来的に見ればお嬢様のほうが良いスタイルになることでしょう!」


 本当かぁ?


 信用はしないが今はそういうことにしておこう。


「それにしても長いねー」


 私の膝の上で寝ていたユーリは目を覚まして言う。確かに馬車は移動速度が遅いが、ミハエルの護衛をしなくてはいけないし、何よりこっちのほうが異変に気付きやすい。


 ギルマスことライヘルさんには忠告をしたから、冒険者組合は今頃対魔族戦を想定して、訓練でも始めているころ合いだろう。だが、魔族がいつ襲ってくるかわからないのが現状なため、訓練もまともに受けないまんまでは冒険者側が負けかねない。


 何が言いたいかと言えば、スタンピードを見つけ次第止めに入り、今度は魔族を生け捕りにしようというわけだ。


 確かに緊急の任を受けてはいるが、あくまで緊急というだけ。本当に余裕がなかったら、危険を覚悟してでも他国に依頼するだろう。


 それをしないだけ、うちの国はまだ余裕があるということだ。


「そうだ!忘れてました!」


「どうしたのミサリー?」


 いきなりミサリーが声を上げる。ユーリはまたいつのまにか寝ていた。


「理事長から伝言を預かっています」


「理事長から?どうやってその伝言がミサリーの元に届くわけ?」


「何でお嬢様が教師を止めなくてはいけないのかを、直接聞きに直談判した時にです」


 おおい!何をしてくれてるんだ!理由は私が説明した気もするが……まあ、過ぎたことを気にしてもしょうがない。


「それで?どんな内容の伝言なの?」


「『使用人たちはあなたの兄の家に匿われている』と……」


「え!それは本当!?」


 ミサリーも使用人と言えば使用人だが……とりあえず、ミサリーを除いた公爵家の使用人のみんなは一番上のお兄様の家へと逃げ込んだらしい。


「父様は?」


「それはまだ……」


「……そう」


 父の居場所はいまだにわからないが、公爵家を長年治めてきた父様がそう簡単に死ぬはずもない。娘には甘いが、ああ見えて頭は冴えるのだ。


「朗報でよかった。ということはお兄様とも会わなくてはいけないということね……」


「どうかしたのですか?」


「いや、お兄様の顔を一度も見たことがないから……話で特徴は聞いているけど、やっぱり緊張するわ……」


「大丈夫です!ベアトリス様に似ている性格をしていますから!」


「それ、どういう意味?」


 私の性格とは……。


 そんな話をしていた時、私の『探知』になにかひっかかった。


「敵意を持った人がこちらに近づいてきている……盗賊かしら?」


「盗賊ですか?お嬢様の乗った馬車を狙うとは!縊り殺してくれる!」


「落ち着いてミサリー、どうやら相手も馬車に乗ってるようね」


 前方方向から何やら敵意を持った一団がまあまあな速さで近づいてくる。大体うちの乗っている馬車と同じくらい。


「お嬢様、ここは私にお任せください」


「ミサリーに?」


「盗賊ごときに遅れをとる私ではございません!」


「わかった、じゃあミサリーにお願いするわ」


 そういうと、嬉しそうな顔をするミサリー。


「ミハエルさんは中に入ってください、ミサリーが代わりに運転します」



 ♦



 目の前から馬車が一台現れると、その馬車が次第にすり寄ってきた。道幅はかなり広く離れようと思えば離れられるのだが、ミサリーはあえてまっすぐ突っ切ろうとする。


 そして、馬車の荷台が通過するといったタイミングで、


「はっはっは!いい女じゃねえか!」


 そんな声と共に、馬車の荷台から男が数人乗り込んできた。どうやら、この盗賊の一団はこういった奇襲が得意なようだ。


 かなり珍しいが、ミサリーは驚いた様子は見せない。


「荷台にもいいもんが揃ってんじゃねえか!特にあの小さな女は――」


 そういって私を指さしてきた男に言葉はそこで途切れる。私に向かって伸ばしていた指がミサリーによって斬られたからである。


「ぎゃああああ!?」


「貴様ら……誰に対して今の発言をした?私の!敬愛する!主様に!生け捕りにするつもりだったが、殺す。もう許さない!」


 あっ……ミサリーが怒ってしまった。


 そうなったら、あとはもう一瞬で片がつく。


 乗り込んできた男たちには捉えられないほどのスピードで手刀が放たれるその勢いのまま首が切断され、道端に落ちていった。そして、ミサリーが最後の一人を殺そうとした時、


「ストップ、ミサリー」


「はい!」


 私がその一言声をかけると、ミサリーは動きを止めて、いい笑顔で振り返った。


「もう……なにしてんの。ちゃんと生け捕りにしないと」


「だって、お嬢様がばかにされたから!」


「わかってるわ、その点は嬉しいんだけど……」


 なんとも複雑である。


「まあいいや、とりあえずそこの盗賊は近くの街に引き渡しに行きましょう。ついでに、あの馬車の馬も拝借してね」


 そう言って、後ろの馬車を指さす。


「ミハエルさん、ここから一番近い街は?」


「ここからですと、次に見えてくる街が一番近いですが、冒険者組合がないので、戻るか奥に進むかですね」


「進む一択です」


「じゃあ、もう目的地です。東の島国に行くための通路……港町のブリェールです――」

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