第305話 熱愛

「お兄様!」


 私が示した教室に入るなり、声を張り上げてシル様が叫ぶ。なんだなんだと事情を知らないものは、目の前に急に現れた美少年に困惑している。


 遅れて教室に入ってきた私とターニャも恐る恐る中に入る。


 教室にはさまざまな髪色、さまざまな人種がいるが、赤色の髪をしている人物は一人しかいなかった。


 名前を教える必要もなく、シル様は顔を少し歪ませながら近づいていく。


「あの……」


「ん?どうしたんだ?」


 アレンが振り返るとほぼ同時に、シル様がその狭い胸に飛び込んだ。


「うお!?」


 珍しく……いや、初めてシル様がわんわん泣く姿を見た。


「ど、どうしたんだ!?」


 状況が掴めずにいるアレン。


「あ……お、お兄様ぁ……」


「おにいさま?」


 シル様は再び大きな声でなきだす。授業が始まるまではまだ時間があった。


「なあ?大丈夫か?ほら、何があったか知らないけど元気出せって!」


 若干空気を読めていないアレン……そしてある意味優しい声掛けはシル様にとってはとても嬉しいことだったようだ。


「ぐすん……ご、ごめんなさい!つい興奮してしまって……」


「おう、それでお兄様ってのはなんなんだ?」


「ああっと……」


 派手に泣いてしまった後だから、少し気恥ずかしそうにしている。モジモジしているシル様の代わりに、私が言葉を発する。


「えっとアレン?落ち着いて聞いてね?」


「なんだよ、俺はいつでも落ち着いてるけど……」


「目の前にいるシルくん……あなたの弟なの」


「は?」


 目線が私からシル様の方へと移る。


 嘘だろ、とでも言いたげに私を見つめるが……私は苦笑いで誤魔化す。


「マジで?」


「マジ」


 シル様の方へ再び顔を向けると、おもむろにアレンがその白くて柔らかそうな頬を触る。


「ん……」


 髪をかき上げて優しく顔を掴んだ。


 目をじっくりと見つめる。それで何がわかるのかは知らないが、顔を近づけて鼻がつくんじゃないかという距離。


 そんな距離で瞳の奥をじっと見つめている。


「お兄様?」


「……………」


 そのお兄様は真剣な様子で何かを見ている。


「お、お兄様」


「ん?ああ!ごめんごめん!」


 バッと顔を離す。


「えっと……シルくん?」


「は、はい!」


「君が俺の弟かどうかはわからないけど……なんか、俺と同じ目をしてる気がする」


 え?そんなのわかるものなの?


「弟かとかは、今更思えないかもだけど……友達から……ってことでいいかな?」


 何その告白の返しみたいな返答。


 そんなセリフを言われたシル様はというと……。


「うわあああああん」


「うご!?」


 凄まじい速さの頭突きがアレンに直撃。


「ありがとうございます!これからよろしくねお兄ちゃん!」


「あ……ああ、うん!」


 優しく頭を撫でているアレンを見ていると、すごく萌えます!


「かわいいねえ?ベアトリス〜」


「な、何にやにやみてんのよ」


「いやぁ〜、ベアトリスきゅんには『前科』がありますからぁ〜」


 それをいうな。


「あ、俺次の授業移動だから!じゃあなシル!」


「……うん、お兄様」


 少し理性を取り戻したのか、冷静にアレンを見送る。


「シル様、お兄様にあった気分はどう?」


 そう聞いて、いじってやろうと思ったが、一向に返事が返ってくる気配がない。


「シル様?」


 うつむいているシル様の顔をしたから覗いてみると……


「お兄様お兄様お兄様お兄様……」


 あ……。


「こんな僕にも優しいお兄様マジ天使……顔触られちゃった、もう死んでもいい!」


 あー……


「なんか昔のベアトリスみたいだね⭐︎」


「え!?私こんなんだった!?」


 目の中はハート一色に染まって、うっとりと顔を赤らめている。体が少し震えているが、それは恐怖からではなくアレンの溢れるファンサによって震えていた。


「これから毎日お兄様と会えるなんて!もうこんな生活がやめられるわけがない!」


 幸せ絶頂といった表情で今まで見たことがないくらいの笑顔がこちらに向けられる。


 移動教室のせいで周りには人がいなくなっていたが、その時教室のドアが再び開いた。


「忘れ物〜ってお前らまだいたのか?」


「あ!」


 大好きなお兄様が戻ってきたことに素直に喜びたいが、喜んでいるのがバレるのが恥ずかしいのか尻尾はプルプルと震えながらも、大きく振らないよう我慢しているシル様。


「シルも授業あるだろ?早く行きなって」


 って言いながら、忘れ物を手に戻ろうとして足が止まる。


「シル、尻尾大丈夫か?」


「ヒャ!?」


 プルプルと震えている尻尾を見て純粋の心配したのかアレンが尻尾に触れる。


「あ……」


「体調悪いなら保健室行けよな〜」


 そういって教室を出ていく。


「あ〜っと、シル様〜?前見えてるー?」


「シルー!起きてー!生き返って!」


 ターニャと二人で呼びかけるが起きる気配は一切ない。


 むしろ、


「ちょっと、鼻血!」


「大丈夫か!?」


 これはもう完全落ちましたね……。


「あーもう、これはだめだ」


「惚れましたか……だけどおいらは応援してるんだぞ!」


 まあ、私もそろそろ授業あるしターニャも授業なのでね。


「とりあえず、保健室行こうか……」


 聞こえていないだろうが、そういってシル様をドナドナするのだった。

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