第297話 油断禁物

 子供用と言えるような長さしかない剣がターニャの顔スレスレに近づけられ、もう少し位置がずれたら顔に傷が入ってしまうのではという距離にあった。


「ちょちょちょちょっとどういうこと!?」


「お、落ち着いて!」


「え、え無理なんだけど!?」


「なんかすごい誤解してるから!」


 誤解とな?


「と、とりあえず剣下ろして……」


 と、いうと素直に剣を下ろしてくれる。もちろんだが、ターニャの顔には傷はついていなかった。


 というよりも、なんかこういう光景を見たことがあったような?


「えっと……?」


「きっと、僕が剣を突きつけてるように見えた……んだよね」


「う、うん」


 剣は鞘にしまわれ、ターニャはキョトンとした顔をこちらに向けている。


「ベアが想像してたことの真逆なんだけど……」


「ま、真逆?」


 シル様の長い話を要約して大事な所だけを抜き出して言えば、


『父上に叱れれて殺されかけても、僕が保護してあげるから契りを交わそう』


 的なのだった。


 あれだ。


 跪いて剣を向けられる……騎士になる時とかの儀だ。非公式ではあるが、ターニャはシル様の部下となることを誓ったというわけ。


 ということは、ターニャが抱えていた部下たちもシル様の部下になるわけだから、自分の子供の部下をむやみ殺そうとは流石の獣王国の国王もしないだろう。


「な、なるほど……」


「まあ、儀式なんてしなくても一緒だから」


 いい笑顔をこちらに向けるシル様。邪魔してしまったのが、本当に申し訳なるからむしろやめてくれ……。


「って、そんなこと言ってる場合じゃないのよ!」


「ど、どうしたの?」


 このテントの中は外……というより上空から発する音も、景色も見えないため、今何が起こってるのか二人は知らないのだろう。


「上空に、数千体の悪魔が出現したのよ」


「「えぇ!?」」


 まあ、普通はそういう反応をするだろうね。


「悪魔って……あの伝説の?」


「その伝説よ、ターニャ」


 悪魔や天使は本来伝説上の生き物であるため、悪魔がこの世に存在していること自体驚きものだった。


 ってことは、天使もいるのかな?もしいるとするなら、今すぐ悪魔たちと戦ってほしいところだが、そんなのに期待するだけ無駄だろう。


「そこでよ、シル様の『魔眼』で上位悪魔の居場所を探って欲しいの」


 あの女性の悪魔はきっとうまい具合に姿を隠している。もしくは私のように変化している可能性もある。


 完璧な魔力隠蔽と、その狡猾さ。


 それを見抜くには魔眼の力が必須なのだ。


「わかったよ、とりあえず外に出よう」


 魔眼には気力を消費する。気力とは、魔力のようなもの。


 獣人は魔力がものすごく希薄……もしくはないため、魔法を使うことができない。ただ身体能力が高いだけではこの世界では生き残っていけない。


 だからこそ、獣人は『気力』という力を得たのだ。


 気力は獣人にとって体力そのもの。魔力は尽きてもひどい脱力感に襲われる程度……だが、気力は文字通り身体に影響を及ぼす。


 それを言ったら魔力だって尽きたら最悪死ぬが、それよりも気力はタチが悪いのだ。


「始めるよ」


 外に出た瞬間に、シル様がそう告げる。


 開けた視界の先には黒い豆粒のように見える悪魔たちが数千。シル様の魔眼にはハッキリと映り、なおかつ魔力の大きさもハッキリと見えていることだろう。


 しかし、数が多いため、魔力の塊らしきものが重なって見えてしまうという問題があった。


 何が言いたいかといえば、どの魔力が誰の魔力なのか分かりずらいのだ。


「……………」


 そして、時間はまだ少ししか経過していないのにも関わらず、シル様の目からは涙が垂れてきていた。


 それも、血の涙だ。


 目が酷く充血し、銀色に輝く瞳も赤黒く染まり始めた。


 気力には集中力を使う。そして、使う部位にはかなりの負担がかかる。


 基本的な気力の使い方としては、一瞬足を強化してスピードを上げたりなど。数十秒キープして使用し続けれるものではない。


 充血がひどくなり、涙地面へと落ち始めた頃、


「見えた!」


 バタンと倒れ、地面に膝をつくシル様。


 息は上がり、目が痛いのか押さえ込んでいる。


「大丈夫!?」


「平気平気……ほんと大丈夫」


「それならいいけど……」


 ひどく汗をかいている。やはり大丈夫ではなさそうだ。


 この魔眼を常時発動させているアレンがどれだけ凄いのか少し分かった気がする。


「で、どこにいたの?」


「悪魔たちの魔力が重なって見えづらいけど、集団の真ん中あたりに一際でかい塊があった」


 確かに。


 悪魔たちの集団全体に支持を飛ばすには中心にいるべき。


 でも、中心にいるならすぐに見つかる気もする……。まあ、そんなことは後で考えよう。


「ありがとうシル様、あとは私たちに任せて」


「うん……」


 目が開けられる程度に回復したシル様が、こちらを見る。充血は治まり、きれいな銀色の瞳が私を見ている。


「じゃあ、ターニャも気をつけてね」


「うん、もちろん!」


 ターニャは元気そうなので何より。


「じゃ、そろそろ……」


 私が変化の魔法の準備をしようとしている時、


「ベアトリス……」


 ターニャが声をかけてくる。なんだろう、と思い振り返ろうとした時、


「いってらっしゃいのキス!」


「ひゃあ!?」


 頬にターニャの顔がくっつく。


「ちょっと!?やめてよ!」


「ん〜?あれれ〜もしかしてシルくんに見られてるからってこれぐらいで恥ずかしいの〜?」


「あっ……」


 ちらりとシル様の方を見れば、手で顔を覆っている……と見せかけて目の部分だけ開いていた。


「ダイジョウブ、ミテナイヨ」


「棒読みはやめて!」


 なんなんだこの羞恥プレイは……。


 ターニャの方を向けば、満足そうに笑っている。


「女だからって油断してるとダメだよ〜。おいらは……『ぼく』はベアトリスのこと好きなんだよ〜?」


「も、もう!あとで絶対にやり返すんだからね!?」


 そんな捨て台詞を吐いて空へと向かって飛び出す私だった。

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