第285話 王宮にて(ローラ?視点)

「ふんふんふん♪」


 機嫌よく歩くのはローラという名前の女性であり、この国の王女である。上には兄が一人いて、実は年も近く今年で十三歳になる。


 ベアトリスが彼女のことを知らなかったのは、ローラの激しい人見知りが影響していた。知らない人と会うのを怖がって、誕生日パーティも開かず、社交界にも出てこなかったので、修行大好きなベアトリスが知る由もなかったのだ。


 ただ、最近になって


 なぜだか性格が明るくなって、公の場にも姿を表すようになった。


「嬉しそうですね、姫」


 護衛の騎士はガラッと暗い性格から明るい性格に変わったことを素直に喜んでいる様子。


「そうかなぁ?」


「そうですとも」


「そうならいい……」


 スキップじみた散歩が止まる。ローラが足を止め、何処か何もない空間を見つめていた。


「姫?」


「あー!なんでもないわ!私用事ができたみたい!ちょっと出かけなくちゃ!」


「姫!?どこへ行かれるのですか?それと護衛の騎士はつけていかないと!」


「お父様には秘密だからね!お兄様にも言っちゃだめだからねー!」


「か、かしこまりました……」


 やれやれと言った感じで追いかけるのをやめる騎士。姫は第一王女ではあるものの、政治的利用価値が高いわけではない。


 よって、他貴族に狙われる可能性は第一王子に比べてかなり低い。


 それが……まだ犠牲者はいないようだ……。


「感じた……確かに感じたわ!私のベアトリス!」


 頬を赤らめて飛び跳ねたい気持ちを押し込めると、再び虚空を見つめた。


「獣王国の近くの森……でも、結界が貼ってあるわね。だけど、脆い」


 ミスト状に貼られた結界は向かう人の平衡感覚を狂わせ、中に侵入できないようになる仕掛けになっている。


 だが、そんな結界が張られていたとしても、ローラには全て筒抜けだった。


「いい殺気……ぞくぞくしてきちゃう」


 かつて、ベアトリスと戦ったことがある『中の人』は、ベアトリスの成長を実感していた。


 あれが、ベアトリス本来の力なのだ。


 単純な能力では私に迫る勢い。それがどれだけ凄いことか常人にはわからないだろう。


 決定的な力の差は権能の力の差だけだ。


 言葉を操り、相手を意のままに操る。権能すら持たない一般市民や、雑魚権能を持つ者達にとっては強力極まりない力だが、ローラからしたら脅威ではない。


 その空間ごと支配してしまえばいいのだ。


「どっかの人形さんよりかはいい権能だけどね」


 傀儡は一本の糸を使わないと操れない。権能的には傀儡のほうが弱い。


「場所はわかった。だけど、どうせ残りの二人もいるのでしょうね」


 厄介なのは先代魔王の方だ。全力ではないにしろ、私にも対抗しうる力を秘めているのが、危険。


 もう一人の方は大した危険ではないが、それでも厄介なのは変わりない。身体能力と単純な攻撃の手数が多い。


 体術に関して言えば天才だが、獣人だったのが残念だ。魔力を持ってさえいれば二人とというのに……。


「だけど、私の邪魔をする者は排除するのみ」


 目的が果たせなければ、また罰を喰らってしまう……。それだけはダメなのだ。これ以上の失敗はダメなのだ。


 さっさと、向かうとしよう。ベアトリスがまた何処か遠くへ逃げてしまう前に……。


「でも、この肉体はどうしようかしら?」


 手を眺め、体を眺める。豪華な服に身を包み、いかにもお嬢様といった風貌。バックには王国がついている。


 何か問題をやらかしたとしても、国が隠蔽してくれるだろう。


 だが、


「力、出ないわね」


 魔法を発動させようとしても、術式が起動しない。


 そう、ローラは『魔力なし』である。貴族にしては珍しいが、実例はあるため驚くべきことというほどでもない。


 オリビアの体はそこそこに鍛えられ、傀儡の根回しもあり、魔力を大量に持っていたため、十分な力を発揮できた。


「もう、脱ぐか」


 ローラの体が突然光だす。彼女のことを直視できないほどの発光が誰もいない暗い廊下を照らしていく。


 そして、光が途切れて廊下が再び暗くなると、そこには二人の女性の姿があった。


 一人はローラ。もう一人はローラより小さな茶髪の女の子。


「私は……」


「起きたわね」


「わぁ!?」


 大きく飛び退くローラ。その目からは怯えの感情が溢れていた。


「もうあなたとは関わることはないだろうから、安心なさい」


 そう言って去ろうとする女の子の姿を見て、なぜだかローラは手を掴んだ。


「なに?」


「声、聞いたことあります……夢の中でずっと私に話しかけてた人……」


 おそらく、それは私がローラの性格を覗いてみた時のことを言っているのだろう。「あなたはシャイすぎ。もっと自分自身を持つべきね」と。


「あの!私、変わります!」


「あっそ」


「え〜……反応薄くないですか?」


「知らないわよ、赤の他人でしょ?」


 ガクンと落ち込むローラ。


「だけど……」


「?」


「少しは頑張りなさいな」


「はい!」


 そうして、茶髪の少女はその場から姿を消すのだった。


「いなくなっちゃった……」


 ローラは暗い廊下からでる。明るい日差しが差し込み、廊下のすぐ横にはガーデンが広がっている。


「ふぅ……はぁ……」


 まだ、人と話すのは怖い。だが、なんとなく体が覚えている。


 私が、発言した言葉一つ一つを記憶している。


「獣王国……なんとかするってどうしましょう?」


 全く、あの少女も適当なこと言っちゃって!


 そう悩んでいると、後ろから何かがやってくる。


「姫?お出かけになったのではなかったのですか?」


「え?え、ええまあ……やっぱり体調が悪いからやめたのよ!」


「そうだったんですね、わかりました」


(人と話せた!)


 そう喜びながら、ガーデンに咲いた花を眺めていると、


「姫様」


「ん?」


「何か、変わりました?」


「……うん!」

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