第286話 第二王子

「私は、ここで過ごせばいいの?」


「そうですね、ここでお休みになってください」


「じゃあ遠慮なくそうさせてもらうわ」


 なんということでしょう。グラートに貸してもらった部屋と比べると悲しくなるくらいここは広い。


 内装はそこまで豪華というわけでもなければ、調度品がたくさんあるわけでもない。それでも最低限の家具と圧倒的広さがあった。


 人質としてはあまりにも良すぎる待遇だが、長老や大老たちが私のことを怖がっている姿を見るのは少し気分がいい。


「ナターシャ、大丈夫かしら?」


 敵の心配ではない。思春期真っ盛り、反抗期というやつである。


 やはり、反抗期というのは親からしてみれば悲しいものがある。親になったことはないが、反抗期を一回経験した私としては親には非常に申し訳ないことをしてしまったと思っている。


「行ってみるか……」


「どこへ?」


「少し出てくるだけよ」


「人質が?」


「私に逆らうの?」


「……どうぞ」


 人質が脅してどうする、という意見は受け付けておりません。


(で、どこにいるのかな?)


 外に出てみれば、外を駆け回っている子供の姿や、重そうな木材などを運んでいる男の人とかもいる。


 なんだか昔に来てしまったような感じだ。だが、それも私が歩き出すと止まってしまう。


 みんながみんな時が止まったように、私の方を見て、避けるように横にずれていく。


「やりづらいわね……」


 どうやら噂のようなものが広がってしまったらしい。この部族にお世話になることになってる少女が翼持ちで尚且つ鬼族でもあるという噂だ。


 間違ってはいないのだが、真実ではないという……。


 再び歩き始めると、私が移動するのに合わせて視線が私の方向へずれていく。


 そこに、ポスン、と何かが私の目の前に落ちてきた。


「あ!」


 子供が遊んでいたボールが私の目の前に飛び出してきたのだ。飛ばしてしまった男の子はこちらを伺いながら、取りに行けばいいのかわからずあたふたしている。


 私がボールを手に取ると、「そのボールでなにをする気だ!?」といった目力を感じる……。


 何かをやらかす気は無いんだけど。


「ほら、ボール」


「あ……うん」


 男の子を呼んでボールを渡す。


「ちゃんと取りに来て偉いね!」


「ふぇ?」


 頭を撫でると顔を真っ赤にして逃げていく男の子。いやぁ、初々しいね。


 私って実は結構美人だったりするのかな?前世だと、顔が整ってるからと一部の顔にコンプレックスのある令嬢から嫌われていたくらいだから、そうなのかもしれない。


 周りを見渡すと、目線を逸らされるがどうやら印象は少し良くなった感じがする。まあ、敵陣からのお客さんという目線で見られていたから、印象が良くなったのは単純に良かった。


「すみません!」


「はい!?」


 一番近くにいた女の人に話しかける。


「ナターシャさんのお宅はどちらで?」


「えっと……あそこにある二番目に大きな家で、です!」


「ありがとうね」


「あ、ひゃっ、ひゃい!」


「あ……」


 そんなに緊張されるのは子供の頃以来だ(今も子供だけど……)。


 公爵家の長女というインパクトに怯えていた貴族の子たちのことを思い出す。あの時が一番平穏だったような気さえしてくるのはなぜだろう?


 まあ、そんなの気にしても遅いけど。


 教えられた通りに大きな家まで向かっていくと、途中で警備員らしき人たちとすれ違う。その人たちも、他の人と同様わざわざ道を開けてくれる。


 人質というより、やはりお客さま待遇。それだけ翼持ちというのはすごいのか……。


 一際でかい家……と言っても、多少部屋の数が多そうだなというだけで他の家とは大差のなさそうな家だ。


「入るわよー」


 ずかずかと入り込むが、そこにはナターシャの姿はなく人の気配は全くなかった。


「お出かけ中かな?」


 ひとまず、部屋から出て外へと戻る。


 この辺りの地理には詳しくはないが、私は反抗期の子供がとる行動なんてたいてい予想できる。


「誰もいなさそうな場所は……」


 この部族の中に一人で落ち着けそうな場所なんてなさそうだ。ということは、部族を取り囲む囲いの外だろう。


 ナターシャであれば、たった数メートルの囲いなんてなんの障害物にもならないだろうし。


 とりあえず、ナターシャの家から近い柵の方へと向かう。


「森の中に一人で入って修行ってとこかしら?」


 長老にも修行サボってるのか、と言われてたしムキになってやっていそうだ。


 と、考えていると、案の定剣を振るような音が聞こえてくる。


「近いわね」


 とりあえず、私も柵を飛び越えて音がする方向へと向かっていく。


 素振りの音はどんどんと大きくなっていき……次第に私の耳は何かが斬りつけ合う音も聞こえてくるようになった。


「これは……」


 まずい、そう思った私はスピードを上げてその場へと向かう。


 木から木の上へと飛び移り、ようやくその場所にたどり着けばナターシャともう一人見覚えのある少年がいた。


 二人の剣速はかなりのもので、ナターシャがもし龍族としてのパワーがなければその少年に押し負けていたことだろう。


 そして、その少年……鬼族ではなく獣人だったようだ。


 こんなところに珍しいな、そう思いつつ私は割り込む。


 ちょうど、剣が交わりそうなタイミングで二人の剣を止める。前にも似たような状況があったな。


 獣王国の騎士団へ所属したときにカイラスさんの剣を止めたりしたっけ?その時は剣が少し重く感じられる程度だったが、今回は違う。


 二名の剣は、申し訳ないがカイラスさんの剣よりも全然重く、止めたと同時に私を伝って地面に衝撃が走りヒビが入った。


 ドスン、という大きな地震のような音で無我夢中だったナターシャがようやく私のことを認識する。


「ベアトリス?」


「なにしてるんですか、こんなところで?」


「それはこっちのセリフ!」


 とりあえずナターシャは元気そうだ。


 となると、気になるのはお相手の反応……そう思い、顔を覗き込む。


 そこには呆けた顔をした銀色の瞳と、銀色の髪をした少年がいた。その顔はやはりどこかであったことのある顔だ。


「ベア……?」


「え?」


「ベア……さんですよね?お久しぶりです」


「その声、もしかしてシル様?」


 なんということでしょう、こんな辺境な地に第二王子様がいらっしゃるではありませんか!


 って、言ってる場合か!?


「なんで、貴方様がこんなところに!?」


「えっと、その……実はベアさんと会った後、僕も剣を始めたんです。それでいつの間にか楽しくなっちゃって……」


「うん!理由になってないから!」


 なんだかはぐらかされたような気もするが、この際それはいい。


「そこ知り合い?」


 事情を知らないナターシャは不思議そうに私たちを見つめてくる。


「ひとまず二人とも剣を下ろして……重いから」


「「あっ……」」


 ずっと剣に体重をかけ続ける二人だったが、私の声でようやく剣を収めてくれた。


「話す前に、なんで二人が斬り合ってたのかを先に話してもらうからね」

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