第269話 魔族の家族(フォーマ視点)

 何日が経ったのかは不明。


 だが、私は目覚めた。


「知らない天井だ」


 ここがどこかは分からないが、ボロボロの天井を見る限り裕福な家庭の部屋の中ではなさそう。


「うっ……」


 まだ体が痛む。そうだ、ゴキブリに追いかけられていたのを忘れていた。


 そのゴキブリはこの場にはいない。だが、濡れたタオルと、冷たい水が入った容器が私が寝ているベッドの横に置いてあった。


「あ」


 頭を押さえて考えこもうかとした時、顔を覆い隠していたフードが取れていた。


(フードで合ってる?)


 組織にいたころ貰った服だったが、いまだに何の服なのかはわからないので、フードということにしておく。


 それが、取れていたのだ。


「顔を見られた。殺す?」


 顔がバレてしまったのであれば、もしかしたらあの悪魔の少女に居場所がバレてしまうかもしれない。


 今はまだバレるわけにはいかない。よって、あのゴキブリは始末するべきだろう。


 そう思って、魔力感知を再び起動しようとするが、魔力はまだ回復しておらず、使えそうになかった。


 そうしているうちに、


「起きたか―?」


 と、少し甲高い声が聞こえた。


 となると、ゴキブリ男ではない人物のようだ。


「誰もいない?」


 だが、奥にあったドアが開いたと思ってその場所を注視しても一向に誰かがやってくる気配はなかった。


「どこ見てるんだ?」


 また声がする。


「下だ、下!」


 そう言われて、視線をベッドの下に向けた。


「豹?」


「豹じゃないぞ!オレは――」


 おそらく自分の名前を宣言しようとしていたのだろうが、後ろからやってきたもう一人の……よく知る男に抱きかかえられ口をふさがれた。


「何やってんだ?って、起きたのか白女!」


「ゴキブリと豹?」


「だからゴキブリじゃねえ!」


 ゴキブリは相変わらずの見た目だ。


 そして、豹の方はというと、ゴキブリ男と比べるとかなり体が小さい。大体で言えば、ユーリよりも一回り大きい程度だ。


 手足が短く少々ずんぐりむっくりしている。


 目つきは鋭く、まるでベアトリスのようだ。


「おい、シャル!オレに喋らせろ!」


 ぷはっ、とシャルと呼ばれた男の腕から顔をだす。


「はあ?お前一応子供だからな?来客の対応は俺がするのが普通だろ」


「何を言う!オレはお前の子供ではない!」


 それは見れば分かるのだが、なんだか私が来客である前提で話が進んでいるようだ。


「豹、私は来客ではない」


「む?そうなのか?」


「私は敵だ」


 目を開いて固まる豹。だが、


「わはは!バカを言うな!オレが手当てしてやったんだからもう仲間だ!」


 謎の理論によって笑い飛ばされてしまった。


「看病したのは俺なんだが……」


「あら、ゴキブリに看病してもらうなど落ちぶれたわね、私も」


「その淡々とした喋り方だけでもなんとかならねえか?」


「淡々?昔よりも私は饒舌になったはず」


「それでかよ!」


 昔なんてもっとひどかった。喋る必要性がわからなかったのもあってか、単語を一つ一つ区切っていた。


 だが、今では会話の重要性に気づいたのだ。ただ、抑揚をつけるというテクニックだけはどうも難しい。


「豹、手当てしたとは?」


「ん!オレが回復魔法をかけてやったんだ!」


「そういえば、お前はなぜ喋れるのです」


「お前じゃない!グルーダだ!」


 ようやく自分の名前を名乗れたようで、ドヤ顔をしているグルーダ。


「で、グルとやら。お前の種族はなんですか?」


「グルーダ!そしてオレは精霊だ!」


 精霊……その中でも少々特殊な例なのだろうか。


「あなたからは森の気配を感じませんが?」


「森?オレの出身は魔族領だぞ。魔族領に森なんてない!」


 余計におかしいが、この際スルーだ。


「それで、ここはどこですか?」


「ああ、ここは俺の家だ」


「随分とぼろいのですねシャル」


「フルネームはシャルナークだ」


「そうですか、興味ないですね」


「お前……」


 話を聞けば私は倒れて、そのままここまで連れ込まれたそうだ。


 ここは、魔族の街から少し離れた丘に立っている家だそうだ。なぜ、街から離れたところに住んでいるのかは教えてくれなかった。


「とにかくだよ、お前みたいなか弱い人間がどうしてここにいるんだ?」


「戦ってたらいつの間にか?」


「なんで疑問形なんだよ」


 と、お互いに質問しあう形に会話が変化してきた辺りで、どうやら飽きた様子のグルーダ。


「なあ、遊ぼう人間!」


「今は大人の会話をしている最中なので、お子様は黙っててください」


「オレも大人だ!オレは三歳だぞ!」


 それは子供なのでは?


「人間で言うところの六歳だ!」


 結局子供だった。


「つまんなーい!つまんない!」


 シャルの腕の中でバタバタと反抗するグルーダ。


「しょうがない、では一つゲームをしましょう」


「ほんとか?やったー!」


 寝ている最中、襲われた形跡がないので、少なくとも今は敵ではないのだろう。


 そして、私は暇が嫌いだ。


 私も探り合いのような会話は下手。だったら子供と遊んで話してもらったほうが手っ取り早い。


 ベアトリスと合流するためにも。


 ベアトリス……我が主。レオと共に私を倒した。


 それでも、悪魔の少女には及ばなかった。だとしても、ベアトリスが私の主人であることには変わりない。


 主が生きている限り、敗北ではないのだ。


「なにして遊ぶんだ!」


 目をキラキラさせているグルーダ。


(ベアトリスにいち早く合流するべき……)


 それは分かっているが、少しくらい遊んでからでもよいだろう?


「じゃあ、シャルをどちらが早くボコボコにできるかゲームをしましょう」


「なんだって!?そんな遊びを提案すんな!」


「わかった!悪いなシャル!ぼっこぼこにするから痛かったら気絶していいぞ!」


「ふざけんな!」


 ――私は体が完治していないので、結局グルーダがシャルとじ・ゃ・れ・あ・っ・て・その場は収まるのだった。

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