第266話 設立
「終わったー!」
今日やるべきことの何もかもが、今この瞬間をもって終了した。
目の前に広がるのは、受験生たちの筆記試験の結果と壮絶なまでの丸付けのあと。
誰がどう見ても、疲弊した教師であろう今の私を、教員室で同じ苦行を強いられてきた教師たちが、拍手をしながら今、讃えてくれている。
何だろう、これが一体感というやつか。
丸付けにおいて、ミスは許されず、かと言って一つの問題に丸を付けるのに、十秒もかけてられないほど忙しい時間だったが、何とか結果発表まで終わらせ、一つのミスもなく済んだのであった。
強いて言うなら、実技のほうで乱入者が数名いたが、彼ら彼女らにはいい薬になっただろうし、アネットのおかげで少しさぼれたので、結果的にはプラマイゼロと言えよう。
そして、
「お疲れ様でした、ベアトリス先生!」
そう言いながら、理事長が私の元へ歩いてきた。
「今までの人生の中で指折りに過酷でした……」
「冗談がうまいですね。素直に余裕だったと言ってくれればいいのに」
余裕じゃねえよ!
大学院に存在する生徒は一学年分だけ、それに早退するように教師の数も『学院』であったころから減っているらしく、その減った人数で例年と同じ仕事をこなしていたのだから、余裕なわけがなかった。
動体視力がよかろうと、ミスをしないためには集中しないといけないので、神経がどんどん磨り減る地獄を耐え抜いたことをもっと褒めてほしい。
「それで……クラブの設立の許可はもらえますか?」
「ええ、もちろんですとも!」
入学試験の試験監督をやってくれと言われたときはなぜ言われたのかわからなかったが、単純に人手不足だったのだと今わかった。
だが、それは後の祭り。
結果的に見れば、新たなクラブを開いていいとの許可が下りたので、非常に喜ばしい。
「では、何のクラブを作るのですか?」
「それは後のお楽しみですよ」
何をするクラブを作るのか、そして、どんな名前にするのかはすでに決めたあったのだった。
後は部員を募集するのみとなったのだが、それは私自ら勧誘しに行こうと思っていたので、理事長への申請はまた後日となる。
「わかりました、楽しみにしていますね!」
♦♢♦♢♦
仕事が終わり、部屋へと戻る。死んだ魚のようなうつろな瞳を表に出しながらの帰宅というのは、初めてだったかもしれない。
「おかえりー!」
先ほどまで寝てたのであろう寝癖を付けたユーリがいた。ボサボサな髪に気づいていないのか、本人は元気そうに飛び跳ねている。
「おかえりなさい……」
レオ君は至っていつも通りに……とは言っておらず、少し目線を逸らしていた。まあ、昨日の今日だから当然といえば当然のことではあるが。
「じゃ、ちょっと行ってきます……」
「ど、どこへ?」
レオ君にそう聞かれ、私は元気を取り戻して返事を返す。
「お風呂よ!」
♦♢♦♢♦
結果発表の紙が張り出され、あとは雑用だけとなったわけだが、その雑用がなかなか終わらず夜になってしまった。
というわけで、
「お風呂!」
お風呂だー!
体の疲れをすべて取り払ってくれるお風呂という存在は、なんと素晴らしいことか。これがなくては、私は生きていけない!
そんなこんなで離れにある温泉へと向かっていると、
「あ!ベアトリス先生!」
ナナが私を見つけ、近寄ってくる。
そして、その後ろからは、
「ベアトリス、昨日ぶりね!」
「ベアちゃんだー!一緒にお風呂入りましょうー!」
オリビアとレイがいた。ナナとオリビアとレイ……この三人の関係性は知らないが、同級生なので、一緒にお風呂に行くくらいは普通か。
そう思いなおした私は、四人に近づく。
「じゃあ、みんなでお風呂に入りましょうね!」
話しているうちに離れへと到着し、脱衣所に入る。
離れの入り口には『男』と『女』と書かれた垂れ幕が掛かっているが、無論『女』のほうに入った。
にほんご?という文字なのだそうだが、私には読めなかった。
脱衣所で服を脱いでいると、あることに気づく。
「ナナさん?」
「はい?」
服を脱いで、布を被ったナナはきめ細やかな肌と抜群のスタイルを持っていた。
私にはどれもない。
「元気だしなって……」
そう言ってくれるのはレイ。レイは今も昔も変わらない唯一の心の共に感じた。
今の私に絶壁とまな板という単語は禁句であると悟ったのか、オリビアはいじろうとはしなかった。
そして、みんなで服を脱いでシャワーを浴びる。
初めて使ったときはものすごい感動を覚えたのが、鮮明に思い出せる。それは今も昔も変わらない。
「こんなにいいものがこんなところにも置いてあるなんて……」
シャワーを浴び終わると、みんなでお風呂へ入る。
肩までつかると、まるで体重がゼロになったかのような気分だった。
「そういえばなんですけど、クラブを開くそうですね!」
ナナは耳が早いらしく、私が新たなクラブを立ち上げることをいち早く察知していた。
「私、クラブも部活も入ってないので、入りたいです!」
「内容も知らないのに、過酷だったどうする気?」
「え?それはちょっとぉ……」
途端に勢いを失くしたが、
「ナナさんが入るのであれば、私も入ろうかな?」
「じゃあ、私も!」
と、後ろから背中を押す二人。そうなれば、逃げ場はなくなってしまうわけで、
「わ、わかってますよ!入ります!」
部員三名ゲット!
「大丈夫よ、過酷なものじゃないから」
「よかったー……」
そう、四人で雑談していると――
「うわー!?」
バシャンと、音がしたかと思えば、大きな水柱が温泉の中央部に出現する。
「いてて……」
と、温泉の中から出てきたのは、私たちと同じように裸となっていたユーリなのであった。
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