第232話 協力者

 そこにいたのは、メアルだった。


「メアルさん?憤怒……赤毛の人が入ってきたと思うんですけど……どこに行ったか分かりますか?」


 そう質問すると同時に、メアルは立ち上がり、扉を閉めた。


「赤毛の人、ね。彼女なら、出してやったよ」


「出し、て?」


「この封印からね」


「!?」


 封印という単語に私が反応してしまったせいか、メアルは薄く笑った。


「あれほど、『強欲』には近寄るなといったのに、忠告を無視するとはね」


「え?いったい、どうなって……」


「どうして、私が封印について知っているか……そりゃあ不思議だな。ここには『憤怒と少女』の意志だけしかないはずなのにな」


「この封印は、憤怒さんと私だけが知ってるはず……」


 封印された張本人である憤怒さんと、封印に迷い込んだ私。

 それ以外に、封印について知っている人がここにいるわけない。


 いたら、おかしい。


(でも、存在を知っている人はいるはず……)


 私のように、封印に入り込むことは可能なのだろうか?

 他の罪人たちは。


「メアルさん、あなたも罪人の一人なんですか?」


 出なければ説明がつかない。

 封印の存在を知っているのはそれくらいだからだ。


 そして、封印を開けられるのも彼らだけだろう。


「私は……罪人ではない」


 そのセリフにはどこか重みを感じた。


「だが、彼らがしてきたことはすべて知っている。ベアトリス、あなたは知らなくていいこと」


「じゃあ、あなたは誰なんですか!」


 メアルは私から見てもかなり不自然だった。

 会った時から、ここに至るまで。


 実際に話したのは少しだけだが、それでも違和感はだいぶあった。


(管理人が貴族の嫌がらせを知っていたのであれば、止めることもできたよね?なんでしなかったの?)


 管理人の地位は貴族と比べて、圧倒的に低い。

 だが、それよりも上の地位に位置する罪人御用達の施設の管理者ともなれば、貴族だって少しは黙るだろうに……。


 そうすれば、私たちがここに来る必要もなかった。


(茶髪に、『メアル』……ほんとに偶然?)


 私の母親、メアリは、茶髪だった。

 そして、メアルも茶髪だ。


 偶然かもしれない。

 だけど、こんなことってある?


 私の疑いすぎ?


(それに、憤怒さんをここから出した?いったいどうやって?)


 封印を解く方法は三つだった。


 術者の消滅


 封印を受けた者の消滅


 そして、封印の破壊だ。


「封印を破壊したんですか!?」


「いや、違う。私は彼女をここから出しただけ」


 てことは、二番目か。

 それでも所どこと疑問が残るのだが……。


「もし、私を疑うのであれば、ベアトリス。あなたが外に出た後、私に聞くといい。その時はすべてを答えてくれるだろう」


「……わかりました。いや、わからないですけど、納得はします」


「それでいい。この封印はじきに壊れる。彼女が抜け出したからな。ただし、封印の消滅は術者に感知される。気をつけろ」


 そう言われた瞬間、空間にひびが入る。

 メアルと私の間にあるはずの名にもない空間から、突如裂け目が生まれた。


 それはどんどんと広がり、いたるところに出現しだした。


「私の役目はいったんここまでだ。ベアトリスが出てくるまでは、私も楽をできるというもの……」


「ねえ!ちょっと待って!」


「私も暇ではないのだ。術者を倒すなら、さっさとした方がいい。私・も・手・助・け・を・す・る・から」


 そう言われた時には、空間の裂け目が私の立つ地面にまで広がり、落ちた。



 ♦♢♦♢♦



 落ちてきたところは、見たことがある風景だった。


「戻った?」


 その場所は久しぶりに見た狭苦しい通路だった。

 灰色の壁が今では懐かしく感じる。


「待って……今は何年?」


 封印の中の時間と、現実の時間の流れは違うものの、着々と時間は進んでいくのだ。


 封印の中で何日過ごしたのかはわからないが、相当長い時間がたっているのは明らかだ。


「早く、みんなに会わないと」


 長らく顔を出していない。

 きっとみんなも心配してるだろう。


 こんな城はさっさと抜け出して、ネルネの経営する宿まで向かわないと……。


 そう思い、私は転移を発動させようとした。


「逃げるのはやめてほしいな」


「!……『強欲』!?」


「やあ、久しぶりだね。色欲がお怒りだよ?」


 コツコツと足音を鳴らして出てきたのは、私を誘拐した張本人だった。


「何の用?私はそろそろ帰りたいんだけど?」


「いや、帰らせるわけにはいかないんだ。今の女王は色欲。彼女の命令は先輩である私でも絶対なんだ。だから、止める」


 強欲が視界から消えた。


 不意に私の第六感が働き、体の横をガードする。

 そして、腕には衝撃が走った。


「っ!」


「あれ?なんでばれたの?」


 反撃とばかりに、私は腕の間から手を出し、魔法を放つ。

 だが、それは簡単に避けられて、再び消えた。


「上!」


 体を動かすには時間が足りなかったため、私は結界を展開する。


 結界越しにもその衝撃は伝わってきて、今にも割れてしまいそうだった。


「これも防ぐか。面白いね、何があったの?この一ヶ月で」


「一か月?」


 どうやら、私が封印に入り込んでから、一か月が経過していたようだ。


(だったら、なおさら早く会いに行かないと!)


 私は、展開していた魔法をすべて解除して、全力を出すことにした。

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