第231話 張り紙

 もう数えるのが面倒くさくなるくらい目の世界へやってきた。


「ここは、宿?というか、ここ知ってる」


 私がよく知るあの豪華な宿だ。

 ネルの宿が嫌がらせにあっているらしいということで、入ったこの宿が思えばきっかけなんだろうなぁ。


 だからいい思い出なんてあるわけない。

 そんな中、初めてここに訪れた憤怒さんは少しあたりを眺めていた。


「ここは、先輩が気に入っていた宿か」


 先輩とはおそらく『強欲』のことだろう。

 あのなんちゃって笑顔野郎が先輩と呼ばれていると、思わず吹いてしまう。


 そして、私の精神力はもう限界まで擦切っているので、もはや歩けない。

 決して、さぼっているわけじゃない。


 ただ、体に力が入らないだけなのである!


「何かっこつけて言ってるんだ。あんたが休んでいるせいで、私の仕事が倍増したっていうのに」


 仕事といっても、ここがいつの時代なのかを調べるだけじゃん。

 調べて、目的の時代なのであれば、封印をぶっ壊して、いつか封印が破れるまで待ってろと言うのだろう?


 ここでの時間の流れは現実とは異なるため、かなりの時間はかかるが、現実では選ぶ時間によってはすぐに復活できるというわけだ。


 時間、時代を厳選しなければならないという鬼畜ワードはおいておくとして、今はその作業を憤怒さんに任せっきりである。


 多少の申し訳なさを感じてはいるものの、私は入りたくて迷い込んだわけではないので、許してほしい。


 それよりも、長年の封印が解けるかも、って喜べ。


 心の声が聞こえる憤怒さんは少しイライラしながら、宿を見て回るのだった。


 そして、周りには貴族と思われる人だかり。

 記憶の中の人物からも、私たちは見えるので、ソファに寝っ転がっている私と、周りをきょろきょろと観察する憤怒さんはかなり不自然に見えることだろう。


「ん?なんだこれ?」


「なにかあったの?」


 憤怒さんがなにかを見つけたのように声を上げたので、私もゆっくりと近づいた。


 そこには一枚の紙が張ってあった。

 場所は……


「ここ、管理人さんの部屋じゃん」


 管理人こと、メアルの仕事部屋である。


 私とネル……まあ、ネルネのことだが……は、一度呼び出されているのだ。


 その理由は、ごもっともとで不自然だったから。

 こんな高級宿に、子供二人で来てる時点で怪しさ満点だったらしく、メアルは何かあるとにらんでいた。


 まあ、その予想は大きく外れてはいたものの、核心の部分は当ててきたのもいい思い出だ。


「それ、何が書いてあるの?」


 私の身長は小さく、張ってある紙が見えない。


(前世ではもっと慎重があったはずなのに……)


 いたって平均的な百六十センチ……ではなく、今の身長は百四十くらいとはいかに……。


 それに引き換え、憤怒さんは女性なのに、高身長でうらやましい。


「『キタル罪人ココニテ待ツ』」


 端的かつ分かりやすい内容だ。


「来る罪人ってことは、誰かと待ち合わせ?メアルさんは」


「いや、なら、部屋のドアの真ん中に張り紙をするわけがない。罪人とつながっていると知られれば、貴族から不興を買うからな。管理人もそこまでバカではあるまい」


「じゃあ、どうしてこんなものが?」


 憤怒さんは、考え、そしてハッっと気づいたかのように壁紙を再度見た。


「私たちに向けた紙か?」


「はい?そんなわけないじゃん!ここ記憶の中だよ?」


 憤怒さんの考えはかなりぶっ飛んでいて、もうすでにあきらめの境地に達しそうになっていた私からしたら、ほんとにばかげたことだった。


「いや、でもありえなくはない。もし、未来で私たちが封印を抜け出したとすれば、可能だ」


「確かにそうかもしれないけど……」


 こんなことする意味なくない?


「そもそも、本人が出会ったらダメなんじゃないの?それ以前に、ここ、メアルさんの部屋だし」


「私が行ってこよう。紙には罪人を歓迎してくれているようだし、ベアトリス、あんたはここで待っててくれ」


 そう言って、そそくさと憤怒さんはドアを開け中に入っていった。


 憤怒さんが障害物となり、中の様子は私には見えなかった。



 ♦♢♦♢♦



 あれから、どれくらいの時間が経過しただろうか?


 時間は刻々と過ぎていった。

 貴族たちが宿の中を行きかい、時には自室に戻って、一夜を過ごす。


 そんな中、私は入り口付近のソファでずっと休んでいた。

 途中、受付嬢に注意を受けたりしたが、私が離れる意志を見せないため、諦めて傍観しているようだ。


(遅い、いくらなんでも遅すぎる!)


 現実世界と時間の流れは違うとはいえ、数日間出てこないなんてありえない!


 私はもう待ちきれないぞ。

 ただでさえ、精神力すり減らしているのだから、もう待てない!


 受付嬢は数日ぶりに、私が立ち上がったのをみて驚いていた。

 そんなのに、気を止めず、私は管理人室まで進んでいく。


 従業員は何が起こっているのかわからない様子で、私を観察していたが、特に偉そうな人に注意されて、仕事に戻っていった。


 ちなみに、偉そうな人はメアルではなかった。


 管理人室の前までやってくれば、張り紙が見えた。


 すこし背伸びをして、その紙を見れば、


「『キタル少女ノ魂ココニテ待ツ』?」


 内容が変わっていた。

 つい、数日前までは罪人をここで待つという内容が一変して、少女の魂へと変わっていた。


「少女の魂って、私のこと?」


 だとしたらいろいろと疑問が生まれるのだけれど?


「あれ?魂ってことは、私もう死んでたりする?」


 一気に不安になってくる。

 実は迷い込んだ場所は魂だけがいける場所で、体は置いてかれて、どこかで寝ているとか?


 体から血の気が引けるのが感じ取れた。


「入るしかないよね……」


 どうせ、入らなかったら、何も進展はないのだから、入ろう。

 憤怒さんの行方も知りたいし、私は意を決してその扉を開けるのだった。


「やあ、遅かったな」


 そう言った、扉の奥にいる人物は私の知っている人物だった。

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