第210話 ミサリーの奮闘(ミサリー視点)

 そこは、とにかく赤かった。

 いろんなところが燃え上がって、どこもかしこも地獄絵図だった。


 買い物をしていた時、私はそれを見た。

 ふと、目線を向けると、何もないところから急に火がついたのだ。


 火事か?

 そう思って、火の元になっている場所を鎮火しようと近づいた。


 が、その火は急に燃え広がった。

 一瞬にして、その家の一軒が消え去った。


「え?」


 認識できない間に、気づけば全てが燃えていたのだ。

 そんな中、私はとにかく駆け回った。


 変な見た目をした黒々しい生き物がウヨウヨと湧いていたのだ。

 そいつが街の人たちを襲っている。


「助けなきゃ……」


 ベアトリスお嬢様に仕えるメイドとして、ミサリーという一人の人間としても、それは許せなかったのだ。


 その生き物のもとに突っ込んで、蹴りをたたき込んだ。

 それは意外にも簡単に吹き飛んでしまった。


「大丈夫ですか?」


 すぐに住人の方に避難勧告を促した。

 そして、すぐにまた駆け出す。


 なぜなら、お嬢様ならきっと同じことをしたと思うからだ。

 誰にも真似できないことを平気な顔しいてやるのだから憎らしい。


 けど、私はお嬢様が生まれてからずっと付き添ってきた。

 お嬢様のして欲しいことを先に察知して行動に移す……それがメイドとしての礼儀だ。


「ミサリーさん!?」


「早く逃げてください!どこへどもいいです!とにかく離れて!」


 街の人々は私の駆け回る姿に驚いていた。

 当然、メイド服を着ている女性が、ここまで動けるとは誰にも予想できなかったのだろう。


 だが、冒険者は驚かない。

 それは私が元冒険者だから。


 引退こそしていないものの、あまり顔は出さない。

 しかして、私の名前は勝手に有名になっていった。


「『神童』のメイド……全く困ったものですね」


 お嬢様の名声は勝手に公爵家の評価を上げる。

 もちろん、私もだ。


 専属メイドだから、同じくらい強いんじゃね?


 という、何も知らない人たちの考えによってね。

 当然、そんなことはなく、私の力は微々たるものだった。


 強いていうなら、一度森の中で死にかけて以来、体を鍛えることにしたおかげで、そこそこマシにはなったが……。


 何度も何度もかけ回り、そのあちこちに湧いた魔物を倒していく。

 名前はよくわからない。


 見たこともない。


 だけど、戦った。


 そして、


「っ!?」


 後ろから鋭いものが、私の体を切り裂いた。


「外したか」


「誰!」


 すぐに一歩後ろに引いて、その人物を確認する。

 そこにいたのは、先ほどまで宙に浮かんでいた魔物とは違って地上に立っていた。


 黒い外骨格……それは明らかに人間ではなかった。


「とりあえず死んでもらおう」


「私も馬鹿にするな!」


 背中の傷はまだ痛むがここで引くわけにもいかなかった。

 住人は逃げて、魔物はそれを追っていく。


 ここでこのわけのわからない“敵“を倒さなければ、いけないのだ。


 私は同様に蹴りを入れる。

 だが、それは簡単に手で掴まれた。


 卑劣にも、足を掴まれ、さらに足に追い討ちをかけられる。

 近距離での魔法……人間に耐えられるわけがない。


「ガッ!?」


「脆い……これだから劣等種は」


 離され、解放された右足を何ほか後ろに下がった後確認する。

 当たり前の如く折れていた。


 それどころか、魔法により、足の感覚も薄れていた。

 なんの魔法が放たれたのかすらわからないが、


「人間を、馬鹿にするな!」


 いきなりの事情に混乱していた私の頭は、もはやそいつを倒すことしか頭にない。


 お嬢様だったらそうする。

 軽くね。


 だから、私ができても、いいでしょう?


 先ほどと同じように蹴りを入れる。


「またか……」


 呆れたように言うその魔物。

 だが、私も馬鹿ではないのだ。


 靴の裏に仕込んだ魔法がこもった短剣……こう言う時のために作ってもらったのだ。


 射出したそれは魔物の顔を傷つける。


「なに!?」


「人間を舐めないで!」


「ちっ」


 油断したせいで、顔面を思いっきり殴られてしまった。

 吹き飛ばされた体は宙を舞い、建物にぶつかって落ち着いた。


「ふん……こんなもの。まあいい、お前に構っている時間はないんだ。召集はかかっている……早く行かねば」


 そんなことを言って、黒いそいつは消え去った。


「ごめんなさい、お嬢様……」


 取り逃してしまった……。

 それは私のプライドを傷つける。


 お嬢様はとにかく強い。

 専属メイドとして、私はお嬢様を守ることが使命だった。


 なのに、それすらできない。

 こんなにボロボロになっても倒せない。


(これが格差なのね……)


 でも、私はまだすることがある。

 立ち上がって、視界に入ったのは大きな屋敷。


 その屋敷も燃え始めていた。


「旦那様、奥様……」


 早く行かねば。

 私は歩き出した。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 そこには、誰もいなかった。

 文字通りなにもない。


「みんな、逃げた?」


 それが当然だ。

 だけど、ここまでもぬけの殻だとなんだか不思議である。


 なにもないのだ。


 全て消え去ったかのように……。

 家具はもちろん全て燃え、そこにはなにも……。


「……………」


 一つのものを見つけた。

 それはいつも奥様が愛用されていたペンダントが落ちていた。



 金色と白色が使われているそれは豪華ながらも、どこか暖かさを感じさせる。

 私はそれを急いで拾った。


 そして、中を開いた。

 ペンダントの中にしまわれている写真にはお嬢様と旦那様、奥様が写っている。


 奥様はいつもこれを持っていた。

 誰よりも家族を大切にして、常に気を利かせていたあの奥様が、こんな大事なものを置いていくはずがない!


「奥様?」


 私は当たりを見渡した。

 だが、それらしき人は見えない。


 そしてお嬢様の姿も。


 そうしているうちに時間はすぎ、音がしたのだ。


「!」


「私だ!ミサリー!」


 私の名前を読んだその人の声には聞き覚えがある。

 旦那様こと、アグナム様だった。


「やはり……遅かったか」


「なにがです?」


 見ればわかる。

 すでにここには誰もいない。


 何かを探しに戻ってきたのだろう。


「それはなんだ?」


 私の手に握られていたものを指さした。

 私は見せるのを躊躇ったが、それを見せた。


 そして、旦那様は察してしまったようだ。

 私にはわからなかった。


 だって、旦那様と奥様は一緒に逃げたと思っていたのだから……。


「ヘレナ……」


 一人、名前を呟く旦那様。

 だが、私は泣かない。


 大丈夫。

 どこかにいるはずだもの。


 だから、大丈夫なの。

 お嬢様はそう言う。


 いつも無理していて、バレバレ。

 だが、それがいい。


 それをできるだけ支えようと思えてくるから。

 私は嬉しかった。


 だから、私も……。


「すまないミサリー。私にはやるべきことがある」


「はい」


 旦那様は顔をあげた。

 そして、私も返事を返す。


「私にも……やるべきことができました」


 私たちは顔を見つめ、お互いの意思を感じた。

 そこからはなにも言う必要はない。


「ではな……生きて会おう」


「すぐに、お戻りします」


 私は旦那様の後ろにある扉に走った。

 そして、また、街へとかけていくのだ。


 私にはができたようだ。

 お嬢様は全力で守る。


 今、彼女がどこにいるかは知らないけど、私はそう信じる。

 きっとすぐに私のことを見つけてくれる。


 そして助けてくれる。

 だったら、それまで頑張るのは私だ。


「大丈夫、私はやりきります、お嬢様……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る