第209話 平和なじゃれ合い

 ベアトリスがいなくなった後、三人は特にすることがなかった。


 一人は隅っこで体育座り、一人はベットで寝転ぶ、一人は部屋の端から端まで行ったり来たりしている。


「ねえ……せっかく男子だけになったんだし、なんかやろうよ」


 ユーリは声をあげた。

 このとても重たい空気が嫌なのだろう。


 彼の性格的にも、黙っているのは性に合わなかったらしい。


「なんかやるって何を?」


 寝転んだままレオが訪ねた。


「何を……うーん」


 考えてなかったユーリは一人唸っている。

 その時に、少年は声をあげた。


「ユーリさんって男の子だったんですか?」


 見た目に関して言えば、ユーリは女性に見られてもおかしくない見た目をしていた。


 明るい茶色の髪の毛は肩まで伸びていて、ボサボサ。

 だが、それがまた女性らしさを出していた。


 服はダボッとした着物に似たものを着ている。

 そして耳には狐の耳がのっかり、稲荷神社の神様のようだった。


 その耳で、少年の声を捉えたユーリはすぐに否定する。


「失礼な!僕は男だし、君よりも年上だからね!?かなり!だいぶ!」


 実年齢千歳近いおじいちゃ……ユーリはぷんぷん怒る。


「あー、気にしなくていいよ。ああ見えても内面は子供だから……」


 レオは怒らせてしまった少年を見て、安心させるように呟いた。


「ちょっと!子供に子供って言われたくないんだけど!」


「確かに年齢は子供だけど、ユーリよりかはまともだと思うな」


「んな失礼な!いいもん!一緒に寝てやんないもんね!」


 主に一人で寝るのが寂しいのはユーリだけであるが、ここだけの秘密としよう。


「それはいいけどさ、で?何するの?」


 その時には、レオも体を起こし、少年も少し前に出てきていた。


「何をしようかな……遊び道具とかないし……」


 もちろん、お金をエルフからいただいている二人、だが、遊び道具……おもちゃなど持っているはずもない。


 見るからに、二人より若い少年も、お金を持っていないため、とにかく中で遊べる道具がないのだ。


「だったら喋るしかないわけだけど?」


「じゃあなんか話してよ」


「なんで僕が……ユーリこそなんか話してよ」


「ヤーだよ!」


 一見すると仲が悪そうな二人。

 だが、本当は仲がとてもいいんだろうな……少年は一人だ察していた。


「君は何かしたいこととかある?」


 レオにそう聞かれた少年は、


「ない、です」


「じゃあ好きなものは?」


「どうぶ、つ?」


「動物かぁ〜」


 ようやく話が広がったのであった。


「ねえねえ、どんなのが好き?」


 食いつくのはユーリ。

 そろそろ、いつものじゃれ合いに飽きたのだろう。


「猫とか……」


「キツネは!?」


「わからないです」


「わからないかあ〜、僕のようなやつなんだけどな」


 元々ユーリに耳が生えているわけではない。

 魔族として、それなりには整った見た目をしていた。


 もちろんそれは魔王としての時であり、とある少女の呪いによって狐へと姿が変わったのだ。


 その後、意図的にではないとは言え、ベアトリスが大量に持っている魔力が体に流れ込み、無理やりに封印の一部を解除した結果が、狐と人間の見た目を併せ持つ姿へと変わった……そういうわけである。


 ユーリには呪いを解くことができなかった。

 元来、一度かけられた呪いは本人の力でねじ伏せることはできない。


 ユーリも例外ではないのだ。

 そして、魔力は封印の回復を妨げるために常に使用し、魔力が全快するのには数十年かかるという見込みがユーリの中にできていた。


 魔力が全て溜まり切れば、この見た目ともおさらばである。

 ちなみに、本人はこの見た目を気に入っている。


「あの……触ってもいいですか?」


「へ?僕の耳?」


 唐突な問いだ。

 指差されたのはユーリの耳……。


「見た時から、その……フワフワしてそうだなと……あの、ごめんなさい別に変な意味ではないんです!」


 早口になる少年を温かい目で見ているレオ。

 完全に他人事であった。


 そのセリフが獣人にとっての告白台詞と知るのはレオだけである。


「まあいいよ……別に減るもんじゃないし」


「わあ!ありがとうございます!」


 とても幸せそうな顔でトテトテとユーリの元に歩いていき、背伸びして頭を触る。


 耳に手が触れた時、少年はすごい嬉しそうにしていた。


「猫、触った時はすぐに逃げちゃうんですけど……嬉しいです!」


「ふふふ、そうかね少年!」


 ユーリは弟の面倒を見ている気分で、得意げにドヤ顔をする。


「尻尾は平気ですか?」


「うん、平気だよー」


 少年の興味は耳から尻尾へと移った。

 上機嫌に動く尻尾を面白く感じたのだろう。


 そして触る。

 先に部分が白色で、明るい茶色が主な色である。


 綺麗にまとまった毛並みを優しく触る少年とニコニコしているユーリを見て、レオは一人で癒されていた。


 自分以上に子供っぽい二人のじゃれ合いを眺める……例えるなら、犬と猫がお互いに毛繕いをしてあげている姿を見ているような気分だった。


 しかし、そこでレオのいたずら心に火がついた。


「ねえユーリ」


「ん?レオは触らせてあげないよ!」


 残念だったな!という顔でレオを見るが、その表情はすぐに壊されることになる。


「尻尾を触られる意味って知ってる?」


「え?知らないけど……」


「獣人って、番にしか尻尾を触らせないんだよ」


「……………」


 ユーリの表情が固まった。

 少年は、何が起こったのかわからないが、とりあえず手を離した。


 にししと笑うレオを見て、ユーリは歩き出す。

 そして、レオの肩を掴み、ベッドから無理やり引っ張った。


 驚くレオを尻目にユーリは、


「少年よ……レオのも触っていいぞ☆」


「うぇ!?」


「いいんですか?」


 今日も元気な三人であった。

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