第176話 今度こそ街へ

 私はその洞窟を出る。

 精霊はこちらに手を振りながら、そのうち見えなくなる。


「とりあえず、これからどうする?」


「お昼過ぎ……もうすぐ夕方だから、寝床を見つけないと……」


 私は自分の手を見る。

 発光はしておらず、嘘のように輝きを失った。


 しかし、体には見えなくても心で感じる。


「トレイル」


「何よ、人間」


「一旦街に戻ったら?」


「な、なんで!まだ成果が……」


「十分じゃないの?話聞いてた?」


「……まあ、聞いてた」


 トレイルがエルフの街を出て二日が経とうとしている。

 トレイルはエルフの国の王族。


 そろそろ、無事な姿を見せないと、国中で騒ぎになるだろう。

 それに、話を聞いていたなら、魔物増加の原因もわかったし、なんなら精霊が本当にいることも明らかになったことだろう。


 悪魔が原因という話を信じるかどうかはさておいて、ひとまずはかなりの収穫が得られたわけだ。


「結局、最初にやってた方法は時間の無駄だったけど、思わぬ収穫もあったし、一度帰ったら?」


「……わかったわ。ただし!あなたたちは簡単にエルフの森に入れると思わないで!」


 エルフの中では街のことを森と言っているのか?

 それはいいとして、そんなことはわかっていた。


 最初に姿を出した時、ものすごく嫌悪感丸出しで威嚇されたもの。

 だからと言って、トレイルを一人で帰らせるわけにもいかないし、逆に一人で森から出てきても、「どうやって生き残ったのか?」と聞かれたらおしまいだ。


「つまり!私たちも出向くしかないのである!」


「何自慢げに言ってんの?私は所詮、王族の末端に過ぎないわ。お兄様やお姉様たちが反論すれば、あんたたちは森に入れないのよ?」


「それは……まあ、ゴリ押すわ!」


「こいつ……馬鹿なの?」


「う、うるさいわね!そこまで考えが回らないの!」


「まあ、いいけど。その時は覚悟くらいはしておきなさい」


 私たちはエルフの街に向かっていくのだった。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「帰ったわ」


「え?」


 眠そうにしていた衛兵が素っ頓狂な声をあげる。


「え、あ!ハイエルフ様!?」


「いいから、早く中に入れて頂戴」


「す、すみません!どうぞ中に……って、そちらの方々は?」


 私たちを指差してくる衛兵。

 ハイエルフ、トレイルとは扱いがまるで違った。


 うやうやしげにお辞儀をしていた態度はいざ知らず、私に向かって指を指す始末。


(まあ、しょうがないか)


 郷に入ったら郷に従えという話を聞いたことがある。

 馴染むためには、それに慣れて真似るのが手っ取り早い。


「こちら、私のことを助けてくれた……エルフです」


「おお!我らが同士が!さぞ腕が立つエルフなんですね!さあ中へ!」


 こう言うことである。


(顔を隠せば魔法を使わずともエルフ!ハイエルフがエルフといえば、私たちはエルフなのよ!)


 心の底からこの名案に高笑いしたくなるところだが、私たちはハイエルフ様の付き添い的な立ち位置を守る。


 森の中……街の中はとても幻想的だった。


 今まで見たどんな街よりも自然豊かで、それに順応している。

 幻想的な光っている虫、蝶が飛び交って、魔道具らしき明かりがそこら中に灯っている。


 そして、視線が私たちの方に向き、ひそひそ声が聞こえた。

 おそらく、「ハイエルフ様?」「後ろの人たちは誰だろう?」とかだろうな、きっと。


 ただし、トレイルに気を遣っているからか知らないが、全員風魔法を駆使して、超絶小声で話しているので、よく聞こえない。


 聞く必要性もないため、私はそれを気にしないように進んでいく。

 家々が立ち並ぶそのメインストリートを、数分間かけて進んでいく。


 そのうち、デカい木が見えてきた。

 事前にトレイルから教えてもらった情報によると、『世界樹』と呼ばれる大樹らしい。


 エルフの森において、唯一、誕生してから枯れたり折れたりしていないその大樹は、エルフの民にとって、自らの種の歴史を表している。


 私には関係ないことだが、トレイルがものすごく力説してきた。

 トレイルもなんだかんだエルフなんだなって思った。


 そんなことを考えていると、


「危ない!」


 そんな声が聞こえた。

 トレイルの声、私はその声を聞き、何が起きたのかなんとなく察し、彼女の前に回り込む。


 そして、飛んできたその何かの攻撃を防ぐ。

 それは拳だった。


「ほう?ちょっと予想外だ」


「どちら様?」


「あはは!私を知らないなんてなー。本当にエルフか?」


 現れたのは一人の長身の女性。

 エルフにしては肌が暗く、髪もどこか茶色っぽい。


 それに、動きやすいようにかはわからないが、かなり際どい服を着ていて、周りのエルフより、一段増しで目立っていた。


「そんな腕で、ハイエルフ様守れっかよ。舐めるな」


 私の細く、白い腕を見てくる。

 笑っていたかと思えば、急に真顔になり、再び攻撃を仕掛けてくる。


(こいつなんなの?)


 いきなり殴りかかってくる方がエルフとしておかしいでしょ。

 一応、ユーリとレオ君にはトレイルを警護してもらう……風に近くにいてもらい、この女性の相手は私がする。


「邪魔、早く先にいかせて」


「そう焦るなよ、もう少しだけ付き合え」


 再び飛んでくる拳。

 私はそれを片手で防ぐ。


 すかさず、女性はお腹めがけて蹴りを飛ばしてくるが、私がそんな攻撃受けるはずもなく、軽々避けた。


 飛び上がった勢いで、女性を引っ張り、地面に叩きつけようとしたが、女性は地面に着地し、私の顔めがけて拳を飛ばす。


 それを避けて……


「もらった!」


「!」


 私の腕を振り払い、フードをめくろうとしてくる。

 少し驚き、戸惑ったのが……功を奏したの……だろうか?


 私と、女性の目が合い、女性の動きが止まった。


「あ……お前……一体なんだ?」


「あなたが知る必要はない」


 そこで、


「ストップです!お姉様!」


 睨み合いが続く最中、私たちの間にトレイルが入ってくるのだった。

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