第148話 国取合戦(カイラス視点)

 そこは大きな部屋だった。

 幾本もの柱が等間隔におかれ、真ん中のでかいテーブルを取り囲むようにこの国の重鎮たちが座っていた。


 自分こと、カイラスはそのうちの軍部大臣にあたる人物の横に立つ。


 軍部大臣とは、国の騎士団を指揮下に置く人物のこと。

 実を言うと、先程の謁見で斬りかかってきたのは、この方だった。


 思わずという風で、俺たちの前に飛び出し、妹君が「死んで償え」とか言った時なんて俺の首が飛ぶかと思ったよ。


 不敬罪は死刑。

 教育不届きで上官も死刑。


 いやはや恐ろしい。

 試されていたというところが功を奏し、どうにか妹君は晴れて無罪。


 本人がその事情を知ることはないだろうが……。


「国王陛下、お待ちしておりました」


 そんな声が聞こえた。

 ギシッという音ともに、扉が開く。


 そこから出てくるのはこの国の王だった。


「うむ、みんな集まってくれたようだね」


 その声を聞いたものは皆一礼する。


「では、会議を始めよう」


 そうして会議の始まりが宣言された。


「今回の議題は吸血鬼についてだ」


 吸血鬼


 長らく我ら獣人族を苦しめた者たち。

 それは北方に住み、今ではなかなか姿を見せないから、絶滅したものと思われていた。


 だが、それは違った。


「確認された場所は、ニール侯爵の領地内。数は三匹とのこと」


 三匹という表現から、文官含め、獣人が吸血鬼を嫌っていることがうかがえるだろう。


 何を隠そう、一度吸血鬼のせいで絶滅しかけたのだから。

 そのことについてはおいおい語るとして、人族の女聖騎士の力によって、我らは窮地を脱した。


 そのせいで、今の貴族社会……三派閥の争いがあるわけだが……。


「どう致しましょうか?」


 文官の質問は端的。

 国王に、「狩れ」と命じて欲しいのだ。


 何を隠そう、文官は野生派側なのだから。

 取り囲む高官たち、高位貴族たちは己の派閥に有利に働くように仕向けようと画策しているだろうだ。


(くそ!国の危機だというのに、何をしているのだ!)


 今は、派閥争いよりも、吸血鬼がなぜ今になって獣人の国に近づいたのか調査するべきだろうに……。


「ふむ、なぜ我らに近づいてきたのか……理由を調査した上で、安全性を確保するしかあるまい」


「何をおっしゃいますか!そんなに弱気ですと、一部の者から後ろ指を指されますぞ!」


 冷静に判断を下そうとした国王に余計な火種を持ち込む臣下。

 話は一旦うやむやになった。


「侯爵様の不注意で侵入させてしまったのです。ここは侯爵閣下に判断を仰いでは?」


「待っていただきたい、それには我々第一騎士団がたずさわ——」


「黙れ!騎士風情が!しゃしゃり出てくるでないわ!」


「……………」


 自分の発言は流されてしまった。

 第一騎士団がなぜ侯爵家を訪れていたのかといえば、それが原因だった。


 吸血鬼の調査をするために、侯爵家までやってきたのにもかかわらず、侯爵家に判断を仰げと言った男の目的は中立派閥の我々を追い出すためだろうな。


「それはできない。騎士団なしで侯爵が吸血鬼に対抗できるとは思え——」


「それはどうでしょうか?」


 不敬にも国王のお言葉を遮り、なおかつ遅れてやってきた人物が、堂々と現れた。


「ニール侯爵……」


「遅れまして申し訳ございません、陛下」


 心にも思っていないだろう謝罪が聞こえた。

 侯爵だった。


 なぜ、そこまで偉そうにしているのかが理解できない。


「侯爵、遅れてきてその態度は——」


「陛下、失礼……」


 侯爵が何やら国王に耳打ちをする。

 すると、国王の顔色が一瞬変わった。


 それを見逃さなかったのは、軍部大臣と俺、そして一部の貴族たちだけだったようだ。


 それを確認した時、


「わかった、侯爵に判断を任せよう」


「!?」


「はは、ありがたき幸せ」


「すまない皆の者、私は急用ができたようだ。これにて会議は終了とする」


 そう言って足早に国王が退席する。


(一体なんだったんだ?)



 ♦︎♢♦︎♢♦︎↓×××視点↓



 会議が終わったようだ。


「ひとまずは、そうなるんですか」


 聞き耳を立てていたが、予想外にもうまくことが運ぼうとしている。

 私は身を翻して、廊下を歩く。


 そこは獣王国の首都、さらにいうと宮殿の内部でもあった。


 その中を闊歩する人間の私。

 さぞかし目立つだろう。


 聖職者のような白を基調とした衣服、それはどこか“和“の雰囲気を醸し出している。


 それは今私が感知している兵士たちよりも豪華だった。

 魔法を使い、この先に獣人がいることを把握する。


 それをわかっていながらも、考え込む。

 ゆっくりと情報を整理しながら……。


 まるで兵士程度、障害でもなんでもないと言いたげに……。


「ん?」


「あ、どうも」


 一瞬、惚けた面を見せる目の前の兵士。

 犬系統のそいつは、すぐに私に獣人の特徴の耳と尻尾がないことに気がつくと、


「な!?なぜ人間がここ——」


「お静かに、私は人間ではなく、獣人」


 手をかざす。

 その瞬間には、兵士は口から泡を吹いた。


 その様子は、呪いにでもかかったかのようだった。


(まあ、私がやったことですけどね)


 ふふっと笑う。


 痙攣しているところに、肩を叩き、「獣人だ」と、そう言い聞かせる。


「あ、あなたは人間、ではなく、獣人……」


 一人の兵士に見つかったが、問題はない。

 ちゃんと言葉にして言い聞かせてあげれば、子犬はよくなつく。


 私はそのまま堂々と歩き宮殿の外まで出る。

 そこからは転移を使った。


「ふう、面白いことが聞けましたね」


 お人形が、きっちりと動いているのが見れて私は満足した。


「ねえ、どこに行ってたの?」


 どこから現れ、いつからいたのかはわからない。

 が、そこには小さき少女がいた。


 狭い部屋の中、暗くジメジメした空間を嫌うように彼女はソファに座る。

 そこが一番居心地がいいようだった。


「ああ、協力者さんですか。なに、ちょっとばかり観察をしにね」


「あんたってば、油断しすぎなのよ。ベアトリスに見つかったらどうするのよ」


「問題ないですね。始末するだけです」


「それをやった日にはあんたが先に死ぬことになるけどね」


「それは面白そうですね」


 黒薔薇という組織。

 そこに協力を申し出た謎の少女。


 そして、獣王国の内乱の兆し。

 さらには、協力者もそろそろ我慢の限界だろう。


(ああ、面白くなってきましたね!)


 私、“邪仙“は不敵に嗤う。

 そして、獣人の国でも事態が動き出すのに、そう時間はかからなかった。

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