第135話 調査する

「え、あの男の人逃げたの?」


「らしいぞ?」


 現在、私はゴルさんがいる酒場に単独で訪れていた。

 昨日、ぶん殴った男。


 怪しさ満点だったが、とりあえず気絶したと思い、見逃した……というか、これからくるであろう衛兵に丸投げしたつもりだったが、どうやら逃げられてしまったらしい。


 気絶したと思い、私がそそくさと転移でさっとのも問題だったのだろう。

 いや、警備兵たちが民衆の多い場所にいなかったせいだといいたい。


 警備兵、衛兵。

 呼び方はどちらでもいいが、獣人が多くいたその広場的な場所。


 普通は監視を付けておくだろ?

 そう思って、ゴルさんに聞いてみた。


「いや、人が多い場所で犯罪が起こることなんて滅多にないだろう?」


 ド正論だった。

 確かにそうかもしれないが、警備がいないってのはここを治めてる領主にも問題が……。


 そこで思い出す。

 ターニャの父が、ここの領主だった……!


 ターニャは別に悪くない。

 その父親がどうやら私と狙っているらしい。


 もちろん殺人的な意味で。

 ターニャに非は一切ない。


 それはわかっているのだが、ターニャの父親にいのち狙われていて、のんきにしていられるかと聞かれたら、無理でしょ?


 というわけで、単独行動に移ったわけである。

 ユーリと、獣人君は危ないのでお留守番だ。


 それに私一人で行動していれば、相手が油断してしっぽを掴めるかもしれない。


 昨日のあの男は取り逃がしてしまったらしいが、次は捕まえる。


「そういえば、倒れていた人はどうだったの?」


「ああ、路地にいたやつか。今は意識が戻っているらしいぞ?」


「ほんと?ちょっと、どこにいるかわかる?」


「あ、ああ。だが、妙な気は起こすなよ?」


 それだけ忠告して、ゴルさんが立ち上がる。


(妙な気を起こすな?一体どういうこと?)


 気になりながらも、私はゴルさんのあとについていく。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「ここだ」


 ついた先は、この街の端にある、小さな診療所だった。

 中は木造で、なかなかに古く、昔から経営しているのだろうということがわかる。


 そこを受け持つ店主というか、お医者さんというか……もかなり優秀で、傷口をふさいで、包帯を巻き、ベットに寝かせているという神対応。


 血が不足しているとのことで、まだ立ち上がることはできていないそうだが、十分すごい医者だということは伝わった。


 その診療所の中に入ると、玄関のすぐそばに男が立っていた。

 白衣姿が見てわかったので、私も警戒せずに話しかける。


「すみません、先日運ばれてきた、男の方……いらっしゃいませんか?」


「おや?かわいいお嬢さんに、そっちはゴルか。確かにいるよ」


 保護者同伴ならいいか……そんなつぶやきが聞こえる。

 保護者って、私は子供じゃないぞ!


 とツッコミながら、案内される。

 奥の一つの部屋、そこの角っこに一人の青年?が本を片手に体を起こしていた。


 と言っても、ベットの上でだが……、それが相まってか光の加減でめちゃめちゃ映えている。


 絵にしたら高値で売れそうだなという、考えすぐさま放棄し、一歩前に進み出る。


「あの、あなた、昨日倒れていた人ですよね?」


 そう尋ねる。

 一瞬私のほうと医師のほうを見て、本を閉じる。


「お前は誰だ?ガキの知り合いはいない。とっとと帰れ」


 ……………。


 ………?


 口悪!


「そんないい方しなくてもよくない?」


「ガキにはこれくらい言わないと、わからないからな」


 とりあえず、こいつは口が悪いのは分かった。

 もし、私に関しての話じゃなかったら、一発どころか三発は殴っていた。


 いったん深呼吸をして、心を落ち着かせる。


「あの、黒いフードの男に見覚えは?」


「なに?」


「昨日あなたにケガさせたやつです」


「なぜおまえが知っている?」


 後ろからため息をつくように、お医者さんが、


「その子があなたを見つけたんですよ?ちゃんと感謝してくださいね?」


 ナイスフォロー、お医者さん!

 ゴルさんも我が子を自慢するように胸をはる。


 返ってきた返答は、


「知らん」


「それだけ?」


「何か問題でも?」


 ムキッー!


 まじで殴っていいですか?

 話進まんくなるけど、殴っていいですか?


「ふん、そのくらいで怒るようなら、騎士にはなれんな」


「ならないわよ!って、それよりあなた騎士だったの?」


「それがなにか?」


「ふーん、だったらあなたが所属してる部隊の人に、『不意打ちを食らって気絶してしまいました』って、私のほうから言ってあげようか?」


 耳がぴくっと反応する。

 いまさらながら、このムカつく騎士は灰色の毛並みをしていて、人間寄りの見た目。


 ゴルさんも濃い茶色の人間寄り。

 お医者さんは獣寄りといった感じ。


 無論私も変装のために、猫の格好をしている。

 決して趣味ではない。


 ほんとだからね!?


「しょうがない。なにか言いたいことがあるなら俺に言え」


 諦めたように話に乗っかる男。


「じゃあ、まず名前はなんていうの?」


「ラディオス」


「そ、じゃあラディ?昨日何があったのか話してちょうだい?」


 一瞬の沈黙の後ラディの口が開く。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎↓獣人君視点↓



「暇だ」


「暇」


「キュンー」


 ベアトリスの部屋をたまり場としている三匹はそうつぶやく。

 ベアトリスがいないとこうもつまらないものなのか、と、ちょっと寂しく思いながら。


「しょうがない。獣人」


「はい?」


「ちょっと外に出てくる」


「うぇ!?」


「キュン!?」


 そう言って、フォーマが外に出ていく。

 転移していったので、この場には二匹だけとなった。


「僕たちだけになりましたね」


「キュン」


 あまりの気まずさにしゃべる内容が思い浮かばない。


「しょうがないか、僕も部屋の外に出てきますね?」


「キュン!」


『お庭に行きたい!』そんな声が聞こえた気がし、僕はユーリも外に出していやる。


「何しよっかな」


 そんなこと考えて歩いているときだった。


「……とか……方法…が……あるはず」


 そんなかすれた声が聞こえてきた。

 ドアが少しだけ開いていた。


 その近くのドアを興味本位で覗いてみた。


 その中には、ヘレナさんがいた。

 何やら一人ぶつぶつつぶやいている。


「だれ?」


「!?」


 座って何やら読んでいた彼女に見つかってしまい、僕は逃げるのはよくないと思い、部屋の中に入る。


「あら、君だったのね」


「はい、ヘレナさん……その、覗いてしまってすみません」


 そう謝ると、


「いいのよ。あ、そうだ!ちょうどいいから一つお願い事を頼まれてくれない?」


 いいこと思いついたといわんばかりに、ヘレナさんが満面の笑みを作る。


「はい」


「一つだけ、覚えてほしい言葉があるの。もし、その時が来たらその言葉を使ってね?」


「え、えと……わかりました」


「言うわよ?『その時が来ば、我はきみぐし、来る厄災まで身を潜む』覚えていおいて」


「はい……」


「ふふふ、わかったら部屋を出てってちょうだいな?」


 そう言われて部屋を追い出される。


(なんだったんだ?)


 獣人が、この言葉の意味を知るのはもう少し先の話である。

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