第136話 昨日のこと

 それは昨日のことだった——


「副団長、訓練時間過ぎてますよ?」


「ふん、するべきことが他にないのだ。これくらいしかな」


 俺は素振りと続ける。


 獣王国騎士団。

 その中の第一騎士団副団長兼第一分隊長。


 それが俺の肩書きだった。

 対して面白みのないその肩書き、俺はそれに恥じないように、鍛錬を訓練場で続ける。


「そんなに鍛えて意味でもあるんですか?」


 部下が質問をする。

 彼らの訓練時刻はとうにすぎていて、物好きな俺の文官気取りのこの犬の獣人だけがこの場に残っている。


「俺が、この……醜い争いを止めるのだ」


 真剣が空気を切る音は止めることなく、そのことについては部下もツッコまない。


「争いって、理性派と野生派の?」


「ああ」


 醜い争いと称するこの二つの派閥。

 こいつらのおかげで、内政はめちゃくちゃだ。


 貴族たちはお互いを敵対視し、協調というものがなくなる。

 だからと言って、国王が何かできるわけでもない。


 国王は貴族たちが自分に対して、不信感を抱いていることに気づいている。

 これ以上口を出せば、自分の地位すら危ういこともわかっているのだ。


 つまり、打つ手がない。


 だったら……貴族たちの争いを止めるにはその出所を潰すしかないわけだ。

 理性派と野生派のリーダー的存在を潰してしまえば、わだかまりは残るだろうが、目立った犯罪も減るだろう。


 治安のためにも犠牲になってもらわねばならない。

 そのためには、俺が貴族たちに喧嘩を売れるだけの地位と力が必要だ。


 故に、訓練時間外も素振りをしたりして、鍛えている。

 おかげで、並の騎士で俺に並ぶ奴はいない。


「あ、そういえば、団長が副団長を呼んでいましたよ?」


「なに?」


 今の時刻は朝四時前。

 こんな時間に呼び出しをくらったことはない。


 つまり、特例か何かか……。

 そう予想した俺は部下に言われた通りに、団長の元へ向かう。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 第一騎士団団長の名は、カイラスという。

 この男は剣の腕もさることながら、頭も回る優秀な男だ。


 俺もそれなりに、頭は良い方だが、この男には敵わないだろう。

 そう評価する男の部屋の中に入る。


「ノックくらいしたらどうだ?」


「問題ないだろう?足音で気付いてたくせに」


 獣人はもともと感覚が非常に優れている。

 それに加えて、鍛え上げられた勘と感覚を使えば、誰に足音かもわかるだろう。


「突然来てもらって申し訳ないが、早速本題に入らせてもらおう」


 資料に目を落とし、眼鏡をかける。

 暇つぶしに本を読む感覚で、いつも持ち歩いているこの眼鏡。


 今日はそれが役に立った。


「……これ、見間違えじゃないよな?」


「眼鏡をかけてもはっきり見えないのか?そしたら、重症だな」


「良いから真面目に答えろ」


 そこに書かれていたのは、俺が野生派連中に狙われているとの情報だった。


「確証もあるのだろうな?」


「奴らは強い男を求めている。だが、お前のようになにをしでかすかわからない脅威は早々に排除すべき、とでも思ったんじゃないか?」


 確かに、派閥を潰そうとは考えていた。

 それも公言していた。


 それが原因だろう。


「そこでお前に任務だ」


「どうせろくなことじゃないな……」


「まあ聞け。今日の昼頃に、街の中を適当に歩け。かもがいたら返り討ちにして情報を引き出せ」


 つまりは囮役である。

 囮役として十分に能力を持っていると判断されたのは嬉しくはあるが、内容自体は嬉しくない。


「しょうがない、拷問は?」


「許可する」


「了解した」


 そう言って俺は部屋を出た。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「伯爵家の長女が、滞在中か。まあ、会うこともないだろう」


 資料は全て読み終え、俺は街に出ていた。

 騎士の格好ではなく、一人の市民として、平凡な服を着て。


 休暇を満喫している冒険者とでも周りから見たら思うだろう。

 実際は、任務中の騎士なわけだが。


 そして、その時は案外早く訪れる。


「かかった」


 いつからか、後ろにぴったりと張り付く気配が数個あった。

 人数は四人。


 実力はわからないが、平民レベルだったら余裕だろう。

 騎士クラスだと少し厄介だが……。


 俺は脇道に……というよりも路地の中に入る。


 ここなら、誰にも邪魔されないだろうし、遠慮なく襲ってくるだろう。

 そう思っていた。


 だが、現実は甘くない。


「どうされました?」


「!?」


 後ろから、かけられる声。

 それは俺も知っている声だった。


「伯爵令嬢……様」


「お久しぶりですね、副団長様。ここにはなにようで?」


「護衛もなしに、なぜここに?」


「遊びに、ですわ」


 情報にもあった、伯爵令嬢の少女がそこにいた。

 猫獣人であり、なんと、理性派の貴族の娘でもあった。


(これは、まずいぞ!)


 そう思った時には手遅れ。


「きゃ!」


 腰に携えている剣を抜く。


 伯爵令嬢を突き飛ばし、上から迫る剣を受け止める。

 だが、相手も馬鹿ではない。


「後ろか!」


 そう叫び、弾いた剣を流れるように背中に回す。

 カキンッという甲高い音ともに、俺は後ろにいるであろう男を蹴り飛ばす。


「腕前は……そこそこ。まずいぞ」


 この男たち自体はそんなに強くはない。

 本気でやれば勝てる。


 だが、


 後ろをチラリと見る。

 あまりの状況に驚きを隠せないでいる伯爵令嬢の姿がそこにあった。


 彼女は理性派貴族の娘。

 野生派のこいつらにしてみれば、絶好のチャンス。


(このタイミングで俺を狙ったのもそういうことか……!)


 なぜ、今まで俺を狙わなかったのか、はっきりした。

 俺を殺したいだけなら、チャンスはいくらでもあっただろう。


 つまりそれだけが目的ではない。


 令嬢と、俺を同時に誘拐、もしくは殺害する。


 それが目的だったのだろう。

 そうすることによって、理性派、特に伯爵家は混乱に陥り、俺が死ぬことで、中立の騎士団も混乱する。


 圧倒的優位に立つことができるのだ、野生派が。


 そして、俺に彼女の心配をしている余裕はなく、


「三人目……!」


 向かってくる三人目の黒フード。

 剣を構え、ギリギリを狙った一撃を放つ。


 相手の剣が折れ……いや、斬れて首元に俺の剣が掠る。


「……!」


 交代で、別の男が入ってきて折れた剣を俺に投げつける。

 それを弾き返して、その男もさっきと同様に剣を斬り飛ばして、首を殴りつける。


 そこで一人は気絶。

 だが、


「……!しまった!」


 気配を感じ後ろを振り向いた時には伯爵令嬢は、後ろにいたもう一人の男に捕まっていた。


「いや!助けて!」


 叫ぶ伯爵令嬢。

 だが、外のうるさい音に遮られ、街の住民の耳には届かない。


 そうしているうちに、


「ぐっ!」


 背中に痛みが走る。

 暖かい感触と共に、それがはっきりと伝わってきた。


 背中をさわれば、手に血がくっつく。


 さらに続く追撃。

 俺は避けることができずにくらってしまった。


「がっ!?」


「逃げるぞ」


 俺を斬った男がそう言い、気絶した男も首元を俺が斬った男の肩を借りて、逃げていく。


 それを見て、なにもできずに俺は倒れ伏した。

 最後の一人が逃げるのも、俺はただ黙って見てることしかできずに、意識を手放した。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「というわけだ」


「ダッサ」


「黙れ!護衛がどれだけ大変かお前はわからないだろう!」


 そんなに怒鳴らなくても良いじゃない……。

 本当に怪我人か疑わしいくらい叫ぶ、ラディを尻目に私はため息をつく。


 確かに、この完璧を追い求めているような男からしてみれば、屈辱なのかもしれない。


 だが、私は思った感想を口にしただけだしー。

 彼から、聞いた内容からわかった情報はごく一部ながらに超絶重要なものだった。


 一つ、騎士団は中立派であること。


 一つ、理性派貴族の娘が拐われたこと。


 一つ、上の二つの情報により、伯爵家がターニャの父親に会いにきたことが伺えるということ。


 なんの理由もなしに、伯爵家ともあろう大物が出歩くはずもない。

 つまり、目的は誰かと会うためにあると考えられる。


 私だって、貴族だ。

 大体察しがつく。


 でも、娘さんはどうやら一人で出かけちゃったみたいだけどね。


 その気持ちはわかる。

 見知らぬ土地で興味津々、ついつい抜け出して外に出てみたいという思い。


 だが、理性派貴族というのが問題だった。

 なんのために会いにきたのかは知らないが、もしかしたら、ターニャの家に今頃いるかもしれない。


(ひとまずは、手がかりゲット……かしら)


 次に向かうべき場所はターニャの家だ。

 そう思い、早々に話を切り上げようとした時だった。


「すまない、昨日ここに運ばれてきた狼獣人はいないか?」


 玄関の扉が開く音がして、そんな声が部屋中に響くのだった。

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