第97話 はぐれっ子

 私、なんとか生き残りました……。


 約一ヶ月


 時間が経つのは早いものだ。

 季節はいまだに冬だが、もうすぐで春になりそうな気配を感じる。


 だが、気温は若干下がってしまい、息が白くなる。

 ただ、馬車の中はあったかいため、大して寒さは気にならなかった。


 そして、揺れる。


 とにかく揺れる。


 もうまじで揺れる。


 クッソ揺れる。


 死にたくなるほどの拷問が一ヶ月続きましたとさ。

 荒道をガタガタと音を立てながら渡っていく。


 言葉で表現するならば、揺れる度に寝ている私の頭が浮き上がるほどである。


 近くで砲撃を受けた如くに揺れる馬車の中、私は生き残った。

 どうやって生き残ったのか……。


 結論から言うと、気絶である。


 うん。


 私が女の子としてあり得ないものが出る前、ついに気絶してしまいました……。

 そのおかげもあってか、時間を潰すことができ、なおかつ吐く心配もない。


 これほど素晴らしいものがあったのか!


 と、なった私は『麻痺パラライズ』と、『睡眠スリープ』の魔法を併用して、生き残ることができました。


 正直、日常生活と比べればそこまで辛くはないなと思った。


 日々の訓練はこれ以上に辛いものだ。

 体から魔力が抜ける倦怠感を感じながらも、力が抜け切る前に体を追い込んでいった日常。


 それに慣れたと言っても、吐きそうになる感覚には慣れなかったようで……。


 結局大変だったよ。


 でも、その成果……そのせいもあってか、私の体は変な方向に進化しつつあった。


 だんだん効かなくなる麻痺の魔法。

 出力を強めていっても、眠気が訪れにくくなる睡眠の魔法。


 そう思った時には遅かったです。


 私の魔力の半分を注いでも効かんくなりました。


 二つ分の魔法を必要とする馬車での必勝法は使えなくなりました☆


 ただ、効かなくなったのは麻痺と睡眠効果の魔法のみなので、まだ人間だと思う。


 そこだけ安心できた。


 これからどうやって耐えぬこうか、


 そう考えていた時!


「ベアトリス?起きて、帝都に着いたよ?」


 勇者の声が聞こえた。


 この時初めてトーヤが神の御使いなのかと思った。

 まあ実際そうなんだけどさ。


「俺……やり遂げ……ぐは……」


「何してんだよ。最近寝すぎじゃないか?街の中入ってみんな待ってるんだぞ?早くこいよ」


 訂正 こいつは鬼の御使いだった。


 そんなこんなで馬車を降りる。


「あぁ……清々しい気分だ」


 なんとか尊厳を守り通した私は、徐々に元に戻る体調に感激する。


 よく耐え抜いた私!

 そして、もう少し頑張るんだ私!


「皇帝への挨拶はまた後日にしよう。先に森の中で調査を行おうか」


「「「了解」」」


「ごめん……俺……あーもう!めんどくさい……。私はパスで」


「ん?どうしたんだ、ベアトリス?」


 いや、体調最悪の状態で森の中に入ろうものなら、魔物に一発でノックダウンさせられる気しかしない。


 というわけで、今回はパスだ!


「まあ、いいよ。次回からは参加してね?」


「了解……がんば」


「うん。じゃあいってきまーす!」


「いってらっしゃ……い」


 あ


(宿ってどこなの?)


 トーヤも、私も考えてなかった。


「え?どうすんの?」


 ゆっくり休めないことが判明いたしました。

 どうしましょうか、誰か助けてください……。


「こんなんだったら、行かせるんじゃなかった……」


 勇者が森へ行ったことで、調査隊メンバーも各自追順した。


 私はというと、帝都の入り口付近で一人で突っ立ている。


「とりあえず、どっかいくか……」


 棒立ちは流石に目立つのでね。


 ちなみに、お金は持ってないので店には入れない。

 現在、魔力はすっからかん状態。


 魔法を使いすぎたことが原因だろう。


「これじゃ、地理を調べられないじゃないか……」


 マッピングもできない。


 となると私にできるのは、


「適当に彷徨うかな」


 ブラブラと歩くのみだった。

 ヨタヨタと歩き始め、私は帝都の中を進んでいくのだった。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 数分間歩き続けた。

 意識も戻ってきて、はっきりしだす。


 そこで、もう一つ気づいたことがある。


「え?待って、ユーリどこ行った?」


 ユーリがいないことに気づく。

 飼い主としてあり得ない。


 ユーリの存在を忘れてしまうなんて……。


 言い訳はしない。

 完全に私が油断してた。


 言葉わかる疑惑(黒確)のユーリのことだから、私に黙ってどっかいくわけないし、私がどこかではぐれてしまったのだろう。


 道もわかんないんだから、どうしようもない。


 だけど、探すしかないよね……。


「ユーリ……早く探さなくちゃ」


 もしかしたら怖い目にあってるかも……。

 そう考えると、恐怖に体が震える。


「見つけたらたくさん謝らなくちゃな……」


 きっと怒るだろうなぁ。


 そんなことを考えながら、私はきた道を引き返すのだった。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 キツネはそこにとどまる。


 状況がいまいちわかっていないそのキツネは馬車の中にいた。


 どうして誰もいないのだろう?


 そんなことがわかるはずはない……と、思われるだろうが、そのキツネは違った。


『そうだ!みんなで森へ探索に行くんだった!』


 ご主人様と一緒に眠りについていたキツネはそう思い出す。

 馬車を抜け出し、その道を闊歩する。


 衛兵の目をすり抜け、郊外へ出る。

 荒れ果てた大地の奥には、薄く緑色の森が見えた。


 そして、その近くには勇者一行の姿がうっすーく見えた。


 きっとあそこにご主人様がいると思ったであろうキツネは元気に飛び跳ねる。


 キツネは歩き出す。

 四足歩行で、体が小さいキツネは自分の体の動きにくさを痛感する。


『ご主人様みたいに、二足歩行で動けたら……』


 そんな考えは、と実現しないと知っていながら……。


 キツネは森へ向かう。

 キツネの頭の中には『危険』の文字はなく、求めるご主人様のもとまで進んでいくのだった。

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