第93話 母と一緒(とある獣人視点)

 僕たちは、学院を後にし、森の中を闊歩する。


(次も適当な場所で野宿かな。まあ、いつものことだけど……)


 そう考え、尻尾を下げかけた時に、


「大丈夫だったの?」


 後ろから、母さんの声がした。


「う、うん。なんか、学院?の人も死人はいなかったみたいだし……」


「怪我はないの?」


「え、僕?大丈夫だよ」


「ほんと?ほんと?大丈夫?」


「だ、大丈夫だよ!」


 母さんは心配しすぎな気もするが……。


 でも一つだけ気になっていたことがある。


「ねえ、母さんベアトリスって子は知ってる?」


 思い出すは、『ベアトリス、壊れた?』と、白装束の女が呟いた時。

 少女、ベアトリスについてだ。


「え?ベアト……リス?」


「うん、髪色とかは違うけど、なんか……どこかしら似てるなって思って……」


「ベアト……ベアト……あ」


 声を上げる母さん。


「なんか、思い——」


「もうすぐご飯の時間でしょう?何か食べたいものはある?」


 ご飯と聞かれ一瞬、ビクッとなる。

 なんせ、僕の主食は……。 


「え、いや、ないけど……」


「じゃあ、適当に作るわね!」


「う、うん」


 話が急に変わってしまった。


(でも、母さんは僕の話を無視するような人じゃない。むしろ、構ってあげないと怒るくらいなのに……)


 まるで、今さっきした話の


 なんでだろう……。

 だけど、そこにこだわる必要は今のところない。


 まだまだ、母さんだって若いんだ。

 きっといつか思い出すはず。


 そうだ。


 何も今すぐに思い出さなくちゃいけないわけじゃない。

 ゆっくりと、心も体も休めてあげてから思い出してもらおう。


 その時まで、僕が母さんを支えるんだ。


 記憶が戻れば、僕はいらなくなるだろうから。

 育ててくれた、それだけで僕はそれぐらいするに十分な理由だと感じた。


 七歳になり、過去戻りもできるようになった。

 力も十分……というか、母さんの身を守るために、子供の頃から修行をしていたおかげで、昔よりも強くなった。


 騎士として暮らしていた時、その時点でもAランクだったが、今はそれと比べると、とてつもない何かが体にあるのを感じる。


 気力というのだろうか?

 獣人に魔法を使える人物はいない。


 だから、獣人は気力を使う。

 基本は体術だが、それだけでは人間、魔族との戦争に生き残れないと、先祖が編み出した技である。


 僕も例外ではなく、気力は扱えても、魔力は皆無と言っていい。

 そして、僕はなぜか気力の扱いもとんでもなく苦手である。


 獣人にとってそれは致命的な弱点となる。

 だが、騎士の頃は頑張って鍛錬のみ、肉体の身を鍛え上げてAランクとなった。


 修練を始めたのは十歳の時だった。


 対して、三、四歳から修行を始めた、今回。

 どちらが成長できるのかなんて目に見えるだろう。


 成長を必要とするような環境にいるということもある。

 母さんは、街を嫌っている。


 街に入ることで、何かに見つかるのを恐れている。

 しかも、記憶喪失と来た。


 こんな状態で、街の中に無理やり入れれば、何か問題を起こしたり、巻き込まれるのはわかりきっている。


 そして、僕は育ててくれた恩を返すために、記憶を思い出すまで僕は共に居続ける。


「ねえ」


「ん、どうしたの?母さん」


「ごめんね」


「いきなりどうしたの?」


「お母さん、いい名前が思いつかなくて……」


「またその話?大丈夫だよ、僕は気にしてないから」


 僕には名前がない。

 もちろん騎士だった頃はあった。


 だが、今回は違うのだ。


 僕に名前の有無は関係ない。

 母さんの息子であるということが何よりも重要だからだ。


「いい名前を思いついたと思ったら、すぐに忘れちゃって……そのうち、私が名前をつけていいのかも分からなくなってきて……」


「僕はそれでいいよ。いいの、思いついたら忘れないようにね」


 前を先行しながら、僕はいう。


 最近の母は情緒が安定しなくなってきた。

 何かの影響なのか?


 強気だと思ったら、泣いてしまったりと色々ある。

 だが、それは本人のせいではないとわかっていた。


 気づいたことがある。

 七年間一緒に生活して、わかった。


 記憶が戻りそうになると、情緒が壊れるのだ。


 記憶が戻りそうになると、弱気になったりする。

 それは、思い出しそうになった記憶の内容にも影響すると僕は睨んでいる。


 悲しい記憶


 嬉しい記憶


 怒りの記憶


 それによって変わるのだ。


 そこまでたどり着いた。

 だが、そこからが問題だった。


 どの単語に反応して情緒が変わるのか、全て記憶する。

 そこから読み取った情報は、


 公爵領に住んでいた。


 何かから逃げた。


 結婚していた。


 そして……、


 ベアトリスという少女を知っていた。


 新たな情報である。

 ベアトリスという少女。


 自分以上の化け物だった。

 転移という摩訶不思議な術も使えるようだ。


 姿が視認できなくなり、残像すら見えない。

 瞬間移動系の能力だと思われる。


 そんなことができてしまうなら、近接戦に特化した獣人に勝ち目はないのでは?

 僕みたいにいくら肉体を極めようと、遠距離に一瞬で逃げられれば勝てるものも勝てない。


 あんな化け物の知り合いかもしれないだなんて……。


 しかも似ている部分も多いため、親密な関係だった可能性もある。


 僕には調べようがない。

 記憶が戻らないのでは、わからない。


 是非とも母さんには幸せになってもらいたい。

 こんな森の中で暮らすような質素な生活はして欲しくない。


 絶対に戻してあげるのだ。


 そう決意した時、


「はう!?」


「どうしたの母さん?」


「スライムさんがいたから、触ろうとしたら逃げられちゃった……」


 道の端で座り込む母の姿がある。


「もう、馬鹿だなぁ」


 こんな様子じゃ、記憶を戻せるか不安である。


「もう!笑わないで!こんにゃろー!」


「わ!?」


 頭を掴まれ、引き寄せられる。

 そして、身長差的に、僕は母さんの胸のあたりに顔が当たってしまった。


「ちょ!やめて!離してよぉ!」


「ムフフフ、お母さんを笑った罰よ!それとも、恥ずかしいのぉ〜?」


「ちが!そうじゃない!」


「あらぁ!可愛いわねぇ!いいのよ、お母さん。どんなことを考えていようと受け入れるんだから。なんなら久しぶりに水浴びする?今なら川に誰もいないわよ?」


 横目に映ったのは誰もいない川だった。


 今なら誰も見られないって……。


「そういう問題じゃなーい!」


「えぇ〜?」


「僕もう七歳だから!子供じゃないから!」


 そう言って無理やり逃げ出す。


「あ!コラー!待ちなさいよー!」


「勘弁してよぉ……」


 鬼ごっこが始まってしまった。


(あぁ、こんなんでこの先、大丈夫かなぁ?)


 ものすごく不安ではあるが、こうして母さんが笑ってくれるなら、今はいいだろう。


 そう結論付け、僕は全力で逃げるのだった。




















 結局捕まった。

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