第86話 祈り(とある魔人視点)

 この世は残酷である。

 一般人にとって悪とされる人物は必ず、最悪な運命を辿ることとなる。


 それは自分も当てはまることだ。

 結果、仲間が死んだ。


 魔物たちにはさほど、思い入れなんてものはない。

 だが、一緒に過ごして、友情が芽生えていた自分を除いた十一人の知恵がある者たちには死んで欲しくなかった。


 戦いにおいても役に立つと、組織の人たちからも評価をもらうほどの猛者だった。


 その者たちも戦場で散っていく。

 たった一人の手によって……。


 最初の一人は一瞬で……。

 二人目は爆散した。


 そして、自分たちは指揮官という立場。

 司令塔が中心に固まっていたら意味がないだろう?


 各地に散らばる。

 そして、転移……もしくは飛翔魔法によってやってきた少女の手によって葬られる。


 はずだった。


 幸いなことに、『ボスに会わせる場合、仲間を殺さないでおく』


 つまり、自分の選択次第では仲間全員を助けることができる。


 上司たる狂信嬢様を売るか、仲間の命を売るか。

 選択肢はもうすでに一つに決めてある。


 自分にできることはもうすでに何もなくなっていた。


 時が来るのを待つばかりである。

 その時はすぐに来るもので、


「お待たせ。答えを聞かせてもらう」


 黒髪の少女は地面に降り立つ。

 そして、どこからともなく、気絶した仲間たちが投げ捨てられる。


 ちゃんと息はあった。


「選べ。ここでこいつらと一緒に死ぬか、ボスを売ってお前らは助かるか」


 女性らしくない口調に冷や汗を流しながら、自分は答えた。


「ついてきて」


 その一言で十分だろう。

 自分よりも知恵があるだろう人間様には……。


 魔人とは、知恵にかけた存在だ。

 魔族から圧倒的力を、人間からは素晴らしい肉体を得た。


 美しくも儚くもある見た目をした少女の姿の自分。

 だが、それは偽りのものだった。


 歳を取ることができずに徐々に周りから嫌われ、最終的には魔物と呼ばれるまでに至った“私“にとって、仲間たちはかけがえのない存在なのだ。


 死なせるわけにはいかなかった。


 それに、狂信嬢様であれば、この憎き女も倒せるに違いない。

 そう信じての裏切り行為だった。


 優先すべきは勝利。

 それがわかっているからの判断だ……と、思ってもらいたいものである。


 森の中へ二人で進んでいく。

 戦況は徐々に悪くなる。


 あらかたの雑魚は倒され、残るはデスドラゴンを除いたAランク、Sランク勢のみとなった。


 そして、あの悪魔のような翼を持っていた『オリビア』という少女。

 あの少女もまた化け物だと直感した。


 迸るオーラが別格だった。

 神聖な気配をにじませながら、どこか陰りがあるオーラなんて初めて見たので、混乱していたが、今でははっきりとわかった。


 何かがズレた存在だということだけ理解できた。


「まだ?」


「もう少し先だ」


 時間を気にしているあたり、戦況の心配か……?


 確かにオリビアと呼ばれた少女以外は我々魔物にとっては雑魚も同然のものが多かった。


 そもそもまたもに戦っていたのがその二名だけなのだ。


 他約百名は足止めでしかなかった。

 そいつらの心配でもしてるのだろうか?


 この女にそんな慈悲があったのか。

 かと言って仲間を殺したことを許したつもりはない。


 いつか、私の手で殺して見せる。


 生き残れたら……だが。


「ついた」


「へー、洞窟か……罠でも張ってんの?」


「ち、違う!ほんとにここだ!」


 茶色い岩肌が見えているその洞窟の入り口に私は一歩踏み込む。


「ふーん」


「ついてきて、この奥」


 先へと進んでいく。


(すでにここは狂信嬢様の“目“の届く範囲、きっとこちらの状況も察してくれる)


 だからどうなんだという話になればおしまいだ。

 私たちを見捨てるのであれば、すでにいなくなってるかもしれない。


 これは一種の賭けなのだ。


 そして、そこに出る。

 洞窟にしては広々とした空間に入る。


 十数メートルはある天井にふよふよといくつかの光球が浮かぶ。

 五十メートル先を見れば、段差があり、その上には玉座があった。


 そこには何かの人影が見える。

 二人の人影だった。


(あれ?おかしい……なんで二人いるんだ?)


 もちろん狂信嬢様が二人いるなんてことはないはず。

 だったら、あそこにいるどちらかが狂信嬢様だろう。


 一応、私たちを見捨てていなかったことに安堵する。


「あなたがボス?」


「………」


 無言の時間が続く。

 そして、少女が動く。


「ちょっ!」


 動きを止めようとした私の手は届くことはなかった。


「ふん!」


 玉座に座って人物を蹴るのかと思いきや、横に立っている人物に向かってそれは放たれた。


「え?」


「幻覚に騙されるとでも思った?」


 幻覚……


 簡単に人を欺ける魔法である。


 そして、思い出した。

 私の上司は幻覚魔法も操れるということを……。


「残念、見抜かれた」


「もう一度聞く。あなたがボス?」


 少女の足を片手で掴んでいる狂信嬢様。


「そう、私がボス。ベアトリスはあなた?」


「自己紹介をした覚えはないんだけどね!」


 足を捻って逃げ出すベアトリスと呼ばれた少女。


(狂信嬢様の手から逃れた?)


 最初わかっていたことだ。

 ベアトリスはとてつもなく強い。


 戦いに特化した魔人がそういうのだから間違いない。


(どうか、勝ってください。狂信嬢様!)


 そこから、激戦が始まるのだった。

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