第68話 幸せな日々(とある獣人視点)

 草原がそよ風に吹かれ揺れ動く中、一人で横になって眠る。

 最近の趣味である。


 それと同時に耳やしっぽもそれに合わせて揺れ、少しくすぐったい。

 ゆっくりと目を開ける。


 相変わらずに眩しい太陽を眺めるのは気持ちがいいものだ。

 そして、思案する。


 自分の置かれた状況について……。


 目覚めてから数年が経った。

 原っぱの上で赤ん坊となって目を覚ました“僕“は、とある方に拾われた。


 だが、名前は覚えていないっぽかった。

 僕のここ数年で学んだこと。


 それは、僕のスキルについてだ。


 過去に戻れるスキル。


 これは、とてもすごいスキルだということはわかった。

 時間を超越しているのだからそれは当たり前と言えよう。


 だが、そんなすごい能力には必ず欠点がある。


 一つ目 一度能力を使えば、座標が固定される。


 何度も能力を行使しても、この初めに使った原っぱからは動けない。

 他の場所で目覚めることは絶対にない。


 二つ目 使う度に年齢が若返る。


 大体五、六年は若返る。

 最後に使ったとき、年齢はもはや0歳だったのだが、もう一度スキルを使っていたらどうなっていたのやら……。


 多分、死んでたな。


 母親のお腹に戻ることはない。

 それは一つ目から考えて明らかである。


 つまり、今六歳以下の年齢である僕は次に使えば速攻で死ぬということだ。


(しばらくは封印かなぁ)


 少なくとも、六歳になるまでは使えない。


 三つ目 人格が変化する。


 これは単純に、人格形成時まで年齢が戻ることで引き起こる。

 つまり生まれたての赤ん坊となった僕はまず一人称から変わっていった。


『俺』だった一人称は、今では『僕』と変化し、性格も少しばかり変わっていったと個人的に思う。


 四つ目 見た目も変化する。


 これは、若返った影響とかではなく、置かれた環境によって変わるもの。

 あれだ。


 裕福な家庭で育てば太っていたかもしれないが、貧乏な家庭では逆にガリガリに痩せる……みたいな?


 それをなしにしても、子供の頃とはあまり似ていないような見た目に成長してしまった……。


 現在五歳な僕ですが、こんなはずじゃなかった……。

 毛色は若干変色してるし、しっぽは短くなるしで、見た目の変化が著しい。


 しっぽは余計にそうだ。


 しっぽの長さは本人の欲求度にも関係する。

 三代欲求や意志が強いほど長くなるし、その意志が弱いと短くなる。


 最初の頃は、こう見えて騎士であるため意志が強く、しっぽは長い方だった。

 だが今はどうだ?


 悪かった目つきはこんなにもくりくりになり、ちょっとキリッとした眉だったり、絞っていたはずの肉体はこんなに愛らしい体に……。


 自分で言っていて悲しくなってくるのでこの話はやめよう。


 とにかく、現状はそこまでは悪くないのだ。

 なぜなら——


「ほーれ!起きるのだよ〜?」


「のわ!?」


 いきなり、上を向いた視界に飛び出してきた人物こそ、僕の育ての親である……名前は覚えてないらしい……人である。


 いや、だって僕が育ててもらってるのに、名前をつけるとかおかしいじゃん?

 だから勝手に呼んでいいよ、と本人から許可は得ているため、お母さんとか母さんとか呼ばせていただいてます、はい……。


「ちょっと、こっちがびっくりしたんだけど?」


「ご、ごめん」


 扱いは簡単である。

 ぶりっこ?というのか……。


 全力で上目遣いで謝ればこの通り、


「うんうん!許しちゃう!」


 となる。

 この一点だけは感謝しかない。


 そして、お母さんはもう一度顔を覗き込んでくる。


「お腹は空いたかね?」


「別に?」


「もう!たまには甘えていんだよ?ほら!胸に飛び込んでおいでー!」


 それだけは無理です!

 そう叫びたいが、それをしたら悲しむのをわかっているため、押し止まる。


 ただ、ひたすら逃げるけど……。


(倫理的にアウトなんだよー!)


 こう見えて十八歳+五歳の精神年齢であるため、お母さんと精神年齢はさほど変わらない。


 いや、もちろん僕の方が下だけどね?


 それだけ若く見えるということだ。

 僕目線で見るに、母親は聖騎士だったのだと思う。


 馬鹿げた力に若い見た目。

 聖騎士の人は決まって、自らを法力で守護している。


 法力の守備範囲は広く、物理攻撃から病気、老化までも遅らせるのである。

 つまりはそういうことだ。


「なんで逃げるかなー?」


「僕、子供じゃないんで」


「私から見たら子供なんだけどなー?」


「それは目がおかしいです」


「ひどくない?」


 これが日常である。

 ちなみに、だからと言って街に住んでいるわけではない。


 この様子から察せることもできるかもしれないが、僕たちはずっと野宿で生きている。


 なぜかはわからないが、お母さんは街に入ろうとしないのである。

 何かに怯えているのはわかった。


 本能的に感じた。


 だが、本人がもともと病弱な身であったため、別の街に行く気力さえ残っていない。


 だから、この近場の森でなんとか生きているのだ。

 だけど、そんな生活も悪くはないと思えた。


 戦い詰めだった僕の人生(獣生)はこんなにも平和になるなんて思ってもいなかった。

 友達がいないのは寂しいが、この日常が楽しいのだ。


「捕まえたぁー!」


「あ」


 後ろからしっぽを掴まれ、そのまま引っ張られる。

 そして後ろから抱き寄せられる。


(結局こうなんのか……)


 ちょっとだけぷよぷよしたお腹じゃこれが限界ってわけで……。

 あの絞った肉体に戻りたい……。


 そのまま膝の上に座らされる。

 この体勢だと、しっぽのやり場に困るんだよね。


 動かしたら、ちょっとまずい位置に当たりそうでとても怖い。


「へっへー!お母さんを舐めるんじゃないのよ!まだまだ現役なんだから!」


「なんのだよ!」


 そんなツッコミは虚しくも無視される。


「やっぱ抱き心地が最高なんだなぁ」


 掴まれた位置をさわさわと触られる。

 僕は人間種よりも、獣種に近いので、全身にも毛が生えているのだ。


「あ、ちょ!痒いって!」


「おやすみー!」


「え、寝るの!?ちょっと待って!」


 力は強く抜け出せない。


(あー。こういうことですね、わかります)


 こんな生活がずっと続けばいいのに。

 それが僕の願いだった。


 ——数年後、それは終わりを告げることを僕はまだ知らない。

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