第29話 話題になる(父様視点)

(私は何も見ていない、私は何も見ていない、私は何もーー)


 そう自分に言い聞かせながら、リュース辺境伯の住む屋敷まで戻ろうとする。


(きっと、二人がなんとかしてくれるはず……………うんうん!そうだよね!私は何にも見ていない………)


 暗示とは優秀なんだな、と困ったら暗示をかけようと思い始めて私は、二人にバレないようにその無人広場から逃げていく。


(っていうか、なんでレイもあんなに強いの!?)


 あのさー?

 なんで私と同じくらいの年齢の子がさ?


 普通に平然と結構強めな魔法を使っているの?

 いやさ?


 もちろん私は使っているのも常識ではありえないとは思うよ?

 でも、私は訓練したからであって、才能のかけらもないんだよ?


 レイがどんな訓練を積んだかは知らないけどさ?

 絶対に私よりも才能あるじゃん!


(いや、別に私はそこまで強さを求めているわけではないけどね?)


 それでも、レイが魔法を使えたことは衝撃だった。

 それと同時に嬉しくもあった。


 だって、私と同じような子がいたんだ。

 一人よりも二人………なんとなく私が異常なんじゃないかという思いが和らいだ。


 レイにもできるということはこれは以上でもなんでもないのだと!

 私は“少し魔法が使える“だけの五歳児なのだと!


 まあ、それはいいんだ。

 それよりもそろそろ屋敷に帰った方がいい。


 さすがにもう“大人の話“的なやつが終わった頃だろう。

 そうすると、私は再び入室許可が下りるわけである!


(早く帝王学を学びたい)


 私がこの辺境伯まで遥々やってきたのはこれが理由である。

 前もそんなことを言った気がするがもう一度説明しよう!


 予定としては私はーー


 十歳 職業適性を見てもらう


 十歳から十五歳 ここの間で私は家出して自由になる!


 その後 自由気ままに旅をする


 こんな感じ。


 特に十歳までの予定とかはないんだけど、十歳からは非常に重要である。

 まず、職業適性によっては私の想像している未来がだいぶ変わってくる。


 まあ、元々最悪を想定しているため、職業の適性が予想と反していたとしても、それはそれで喜ばしいのである。


 と、それは置いといて………。


 十歳から十五歳………つまり、適性を見てもらった後から成人するまでの間に私は公爵家を抜け出すことになる。


 別に公爵家に不満があるわけでも、家族に不満があるわけでもない。

 ただ、このまま進んでいけば、私は前世よりもなんの面白味のない人生を送ることになると思う。


 前世は第一王子の妃として、それなりに波乱万丈の人生を送った。

 それなのに、今更普通の生活をしろという方が無理である。


 それに、家出をしなかったとしても、いまだに結婚をさせられる可能性は拭いきれない。


 誰かの策略とかそんな感じで利用されるかもしれないし………。

 だったら、貴族位剥奪された方がいい。


 自由に生きたいというのは、どこかの貴族の領民になるということではない。

 私は旅人になりたいのである!


 なぜなら、それが一番自由に生きられそうだからである。

 単純すぎる理由だが、私にとっては大事なのだ。


 旅人になるにあたって、それなりの実力はもうすでに持っているつもりである。

 まあ、私よりも強い人なんていくらでもいるわけだけど………。


 兎にも角にも、今は貴族令嬢としてそれなりの振る舞いをしておく必要がある。

 ただそれだけである。


(歩いていくのは、さすがに時間がかかるか)


 屋敷まではそれなりに距離があった。

 帰るにはざっと数十分かかるだろう。


(しょうがない、転移するか………)


『転移』


 私はその場から消える。

 いや〜扱いやすくていいですわ〜。


 もはや、口に出さなくても転移ができるようになった私としては、かなり役立つ存在になってきている。


 どんな原理で転移しているかといえば、単純に脳に記録しておいた座標を魔法の術式の中央部に組み込んで、それをイメージしながら呪文を唱えるだけというなんとも簡単な作業である。


 座標の記録というのも、マッピングの魔法か何かで記録すればいいだけだしね。


 そんなことを考える私はそのままゆっくりと目を開ける。

 見ると、そこには大きなドアが見えた。


 そこは、父様とリュース辺境伯がお話をしていた部屋の前である。

 そして、ドアが音を立てて、開かれた。


「ん?ベアか。ちょうどいい。お前に頼みがーー」



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「いや、ものすごく丁寧な子供だな」


「だろ?さすが私の娘だ!」


 元々私とリュースは友だった。

 だからこそ、こうして砕けた口調で話すことができている。


「それにしても、『神童』ねぇ」


 ソファーに腰を下ろしながら、リュースが呟く。


「『神童』は流石に大袈裟だとは思うけどな」


「おいおい、アグナムはもっと誇っていいと思うぞ?」


「いやいや、親よりも優秀な子供っていう時点で私が誇っても意味ないのさ」


 物理的な力、魔法的な力はまず間違いなく私よりもある。

 そして、知能という力においても私と並んでいる。


 間違いなくこの公爵家で最も実力がある者。

 それがベアトリスだった。


(魔法や剣術の実力だけをいえば長男の方が強いだろうが………)


 家を出て外に行った長男は秀才な子だった。

 努力で全てを手に入れたのが私の長男だ。


「そういうものかな。でも、貴族としては礼儀も大切だぞ?」


「それはお前も見ただろ?」


「ああ。悔しいが、私の娘よりも礼儀を弁えていたよ」


「お前の娘も五歳になるかな?」


「ああ、まあな」


 思い出すは病弱な女の子。

 魔法の才能はあるが、なかなかに弱っていて外に出ることさへままならなかった。


「と、そんな話はいいんだ。私が聞きたいのは、ベアトリス嬢の実力なんだ」


「実力か………私もはっきりとはわかってないんだ」


 はっきりと戦っている姿は見たことがない。

 どれほど魔法が扱えるのか、どれだけ武器が扱えるのか。


 使えることは知っていても、使っているところはあまり見ない。

 故に、私もベアの正確な実力は把握していなかった。


「さてな、どれくらい強いんだろうな」


「ベアトリス嬢の噂によれば、正直言って『化け物』だがな」


「噂?」


「ん?お前は知らないのか?」


 噂が立つほどのことをしでかしまくっているからどれのことかわからない……。

 ベアはいつも何かするたびに、やらかして帰ってくるからな………。


「詳しく聞かせてくれ」


「じゃあ、どんな話がいい?いろいろあるが……」


「私が本人から聞いたのはーー」


 私は今まで聞いた話を全てリュースに話す。


「そこまでか。いくつか抜けてるな、話が」


「まだ、あるのか………」


「はは!お前も大変そうだな!」


「いいから話してくれ」


「じゃあ一つ目、これはお前が潰そうとしていた犯罪組織が先に潰れていた時の話だな」


 私とリュースは時々手紙でやりとりをしている。

 だから、この話も知っていてもなんの不思議もないのである。


「ああ、あれは運が良かったとーー」


「違うんだな〜これが」


「何が違う……………って、まさか!?」


「そうだよ!先にベアトリス嬢が潰したって話!」


「いや、流石にそんなんわけないだろう…………犯罪組織、物理的に潰れていたんだぞ?」


 私が向かった際にはすでにそのばには跡形もなく…………かろうじて、何かが潰れてできたような残骸が大量に残っていた。


「そして、もう一つ」


「今度はなんだ!?」


「ベアトリス嬢が飼っているキツネがいるっていたな」


「ああ、ユーリか」


「あのキツネ………精霊獣っていう噂がーー」


「まじで!?」


「お、おう」


 精霊獣


 それは滅多に人前に姿を見せない伝説の生き物。

 伝聞で記録があるだけで、その存在も不確定要素が多いのだ。


 精霊というのは一般的にはエルフが扱っていて、小さな人型をしているものがほとんどだ。


 その精霊の中で魔法も使える特別なものを妖精というのだが………。

 それよりも精霊獣は珍しい。


 獣型の精霊なんて精霊術師エレメンタラーでも扱っている人はいない。


「それは……………私もベアの実力が気になってきたな」


「ふふ、だろう?」


 二人の男の心は完全に一致した。


 それは、扉の前にちょうど転移してきたベアトリスの耳にもすぐに入ってくる。


「ん?ベアか。ちょうどいい。お前に頼みがーー」

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