第26話 街中探検

 そしてーー


「っいた!」


 曲がり角を走り抜けようとした最中、私は誰かと頭をぶつけてしまう。

 相手も同じくらいの身長だろうことはすぐにわかった。


 ちょうどぶつかる寸前に視界に入ったのは、同じ歳くらいの女の子だったから。

 その子も走っていたようだが、私も同じように走っていたので、謝るべきはどちらかという話ではないというのはわかっている。


 だが、謝っておいて損はない。

 それに私も悪かったから。


「ごめんなさい!大丈夫?」


 私は尻餅をついている女の子に目をやる。

 その子の髪はこの辺りの地域では珍しい黒色だった。


 東方の人だろうか?

 確かに似たような髪の色をした人々がたくさんいた気がする。


 少なくとも、私の住む辺境伯領にはいなかっただろう。


「大丈夫です。あなたこそ大丈夫ですか?」


 立ち上がろうとする女の子の前で、私は手を差し伸ばす。

 その時、女の子は顔をあげる。


「ーー!」


 一言で言うと美少女だった。

 顔は均等に整えられていて、左右対象だ。


 今更ながら髪も質感がとても綺麗に見えた。

 さらさら髪………私はくるくるしてるから羨ましい。


 白い肌はまるで生気がないように感じられもするが、その真逆。

 その肌は光を反射して綺麗に輝いている。


 そして、何よりも最初に目の中に入ってきたのは、彼女の目つきである。

 例えるなら獰猛な野獣の目。


 何かを睨みつけているかのような鋭い瞳は、すべてを見通すかのように思われた。


 黒い瞳は覗いているだけで、何か吸い込まれそうな気がする。

 物理的に………。


 そんなことを考えているうちにその女の子は手を取り、立ち上がる。


「ありがとう」


「え、ええまあうん」


 あやふやな言葉しか出てこなくなった。

 決してふざけたわけではないのだが、彼女の顔を見ていると自然に体に緊張が走ってしまったのだ。


「怪我はしてないから、安心して」


「そう」


 怪我がないことを伝えて、私は彼女の反応を聞く。

 どことなく素っ気ないような気もするその反応は、この世の中に興味を抱いていないかのようだった。


 別に私が世界の全てであると言う意味ではない。

 だが、彼女の興味はもっと別の場所にあると言うか………あれだ、頭の中では私のことを気にしてなんかいないんだと思う。


「どこか急いでるの?」


「え?そう言うわけじゃないよ」


 彼女は答える。


「じゃあ、なんで走っていたの?」


「う〜ん、やけになってた?」


 会話が続いたことに驚きつつも、私は話を続ける。


「ふ〜ん、ねえ。名前、なんて言うの?」


「………ベアトリス」


「そうなんだ」


 小さく呟いた声を私の耳が拾う。


「今暇してたらさ、一緒に遊ばない?」


「遠慮しておくわ」


 即答……………。

 しょうがない。


「そう、残念ね」


 本当に残念だ。

 私はあなたを気・に・入・っ・た・と言うのに……。


「またね、ベアトリスちゃん」


「?うん」


 私は、そう言うのを求めていた。

 私と“似ている“人物を追い求めてきた。


 だが、やっと見つかった。


(あれ………欲しい)


 また会えるかな?

 いや、確実に会う。


(また、会いましょう)


 今はまずい。

 その時ではない。


 あと数年………そう。

 数年我慢するだけ………。


 そしたら、今度は遊ぼうね。


 ーーベアトリスは覚えていない。

 ベアトリスの走っていた速度は、人間のそれとはかけ離れていたことに………。


 そんな速度でぶつかったくるくる髪の少女が無傷だったことは、もう彼女の頭にはなかった。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 やっべ!ぶつかっちゃった!

 ちゃんと謝ったら許してくれたけど、もしやばいやつだったらどうしてたもんか………。


 私は歩きながら考える。


(まあ、それはいいとしよう。それよりも私は何をしていればいいのやら………)


 勢いよく抜け出したのはいいとして、何をするかまでは明確に決めてなどいなかった。


「とりあえず、訓練場とかないかな?」


 暇あれば訓練!


 ふと思ったのだが、私は訓練する必要はもうない。

 なぜなら、陛下と“友達“としての関係が構築されはじめてからである。


 さらにいってしまえば、私の誕生日に起きた暗殺未遂のおかげ?で、国王陛下と殿下に恩を売ることができたのだ。


 この時点でかなりの優遇を受けることが可能なのである!

 殿下に気に入ってもらえたら、陛下もなかなか口を挟めないだろう。


 それは、私の父………父様も同様である。


(それに、友達を婚約者にさせようとするわけないもんね!)


 友達としての愛に恋愛感情はない。

 友達としての愛を殿下がお持ちになってくれたらなお良い。


 そもそも、最初から好きじゃなかったっていってたし、婚約することになったとして、破棄するといっても文句は出ないだろう。


(未練たらたらってわけじゃないけど、今世でも嫌われるのは流石に嫌だ………)


 というわけで、今の状況が一番ベストなのだ。

 このポジションを安泰なものとするには何が必要なのか………。


 それは、あと少しばかりの恩!


(じゃあ、やっぱり鍛えたほうがいいよね!)


 いつ何時、殿下に再び恩を売れるタイミング来るかわからない。

 私の自由のためにも鍛えておいて損はないだろう。


 つまりはそういうことである。


「ってことで、訓練場へレッツゴー!」



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「次だ!次!」


「なんだ?あいつ、化物かよ!」


 その訓練場では、模擬戦が行われていた。

 その模擬戦で私ことヴェールは順調に勝ち進んでいた。


 いつでも本気で………それがモットーで生きているのだ。

 私の得意なのは片手剣。


 ーーではなく、実際はレイピアである。

 ほんとは片手剣はそこまで得意ではなかった。


 でも、レイピア使いは冒険者として、使い道が少ないのだ。

 あんな細い武器で魔物が殺せるかと言われたら、即座に頷けるわけがない。


 刺突武器として扱うには私では筋力不足である。

 振る分には問題ないが、刺突となると、威力、速度がダメダメだ。


 適性というのは、あくまで個人の才能であって、どんな身体能力でもその才能が開花するというわけではないのだ。


 だからこそ、私は片手剣でここまで勝ち残ってきた。

 長年使った、片手剣の技術はレイピアよりも上かもしれない。


「次は私がお相手しても?」


「え?」


 目の前までやってきた次の挑戦者。

 それは見覚えのある人物だった。


「ちょっ!お嬢さん!なんでここにいんの!?っていうか、魔法専門じゃないの!?」


 ベアトリス嬢さんは、魔法専門のはずだ。

 目の前にいる少女はついこの間、どでかい魔法をぶっ放していたのを覚えている。


 魔法と物理を両方極めた人なんて古今東西聞いたことがない。


「魔法専門?私はちょっと魔法を嗜めているだけですよ?」


 嗜めるってなんだよ!

 とはいえない。


 だが、明らかにやばいんだろうな、と周りが囁いているのが聞こえる。

 そのおかげかはわからないが、私のこともどうやら化物認定されているようだ。


 確かに勝ち残ってきて、今は私に挑戦するという形になってはいるものの、化物と呼ばれるほどではないのだ。


 こう見えてもBランクの駆け出しである。


 Aに比べればひよっこもいいところだ。


「では、私も武器が欲しいですね」


「え?戦うのか?」


「え?ダメですか?」


 ダメだ、色々と思考がずれている。

 普通子供は魔法も使わないし、戦いもしない。


 ましては女子は………。


「『物質創造クリエイトソード』」


 彼女は当たり前かのように剣を作り出す。

 しかも、“レイピア“を………。


「私、レイピアは使ったことないんですよね。片手剣はあるんですけど」


 これはーー


「そうだったのかーー」


「ぇ?」


 もちろん、ベアトリスの『え?』という言葉は、周りの熱気によって聞こえなかった。


 このお嬢さんは、私の才能に気づいていたんだ。

 本当は、レイピアの方が得意だって。


 じゃないとこのタイミングでレイピアを見せてきたりしないだろう?

 魔法か何かで才能を覗いたのかは知らないが、少なくとも本気の私と戦いたいという顔をしている。


 いいだろう、私も本気でやらなくては。

 せっかくお嬢さんが、私の才能に気づいてくれたんだ。


 久々にやってみるのもいいだろう。


 ーーもちろん本人は全くそんな気はなかった。

 理由も『あ!ヴェールさんだ!遊びに行こうっと!』というだけである。


 それをヴェールが知る由もない。

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