第6話 本気出す

「何?攫われただと?」


「はい、そ、その。我々がついていながら大変ーー」


「だまれ!」


「っは!失礼しました!」


 思わず立ち上がってしまった私は顔をしかめながら、椅子に座り直す。

 目の前に報告しにきた、ベアの護衛につけた一人の兵士に軽く失望する。


 自らの嫌な予感が的中することに対しても……。


「それで?お前らは背後を取られたと?」


「は、はい!申し訳ありません!」


「はぁ……」


 想定していたとはいえ、最悪な状況下であることは兵士にも分かっているだろう。


 汗をにじませ、私はすぐに地図を漁る。


(攫われたのはここだとして、どこに隠すだろう?やはり近場の空き家か?)


 それが妥当だろう。


「おい!周辺の空き家の一軒一軒すみなく調べろ!」


「っは!」


 兵士は駆け出していく。


「ベアは………無事か………って、話を聞けよ」


 まあ、聞いても知っているはずがないわけだが……。

 私は資料を漁っているうちに、ベアを誘拐して犯罪組織の予想を立てる。


「やはり、妥当なのは………」


 私が、予想を絞り込もうとしたその時ーー


「旦那様!お嬢様がーー!」



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 ちょっとだけ、大人を舐めてたかもしれん。


「もう!しぶとい!」


「ガキに言われてたまるか!」


 私の攻撃を捌くことは想像できていたが、ここまで粘られるのは予想外だった。

 私の体力が足りないだけだろう。


 何しろ、私は三歳にして大人と剣を交えているわけだからね。

 そりゃあ体力持たんよな〜。


(帰ったら、もっと訓練しよ〜っと)


 死にたくないのでな!

 せめて、殿下に殺されない程度には!


 殿下に殺されないことすなわち、殿下の持つ軍を相手にしても生きていられる程度には、王国最強と呼ばれることになる人物と対等に戦えるくらいには!


 そのくらいなっておかないと。


(こびを売るっていうのもいいかも!)


 そっちの方が血が流れなさそう。

 でも、鍛えておいて損はないよね!


「おりゃあ!」


 いつの間にか、スキンヘッドが迫ってきていた。

 片手剣で攻撃を受け止め、どうにか素手で攻撃を仕掛ける。


 だが、相手だって馬鹿じゃないのだ。


「おらぁ!」


「!?」


 避けるのではなく、頭突きによって相殺してきた。

 相手もダメージは負ったが、体が小さい分、負ったダメージ量的には私の方が多いことになる。


(ジリ貧………とまではいかなくても、結構まずい状況だったりします?)


 序盤は私の優勢だったが、徐々に追い詰められてきている。

 それは、見学している誘拐犯の一味と、アレンにはわからないだろう。


(そろそろ本気出すしかないのかな〜)


 汗を垂らしているあたり、スキンヘッドも相当疲れているのだろう。

 だが、それは彼の日頃の訓練と考えれば少ない方なのかもしれない。


 だからこそ、私は奥の手を出すしかないだろう。


「そろそろほんきでやろっか!」


「え?」


 スキンヘッドは惚けた顔をしている。

 油断を誘っているのかな?


 まあ、どうでもいいけど。


「『身体強化』」


 瞬間私は加速する。

 スキンヘッドは棒立ちの状態でその場に立ち尽くしている。


(何だ?)


 技を発動しようとしているのか?

 そのための硬直時間か?


 だが、彼の様子を見る限り、そんなふうには見えない。


(とりあえず、大剣を折っておくか)


 手を目の前でクロスさせ、その状態から、一気に横なぎに振るう。


 バリンと音を立てて、大剣に切れ込みが入る。

 ただ、完全には切断するに至らず、大きな傷跡が残るのみとなった。


「な!?」


「いっくよ〜!」


 スキンヘッドの股の間を通り抜け、すぐに体を起こし、体を急回転させまた駆け出す。


 今度はスキンヘッドが振り向く前に頭を柄で殴りつけた。


「ぐへ!」


 変な声を出したのち、スキンヘッドはその場に倒れ込む。


(案外弱かったのね〜)


 私の成長がこんな形で現れるとは思っても見なかった。

 だが、こんな汚れ仕事をしている傭兵なのだ。


 きっと、そこまで強い部類には入らないのだろう。

 現にーー


「お、おい!動くな!こいつがどうなってもいいのか!」


「?」


 私は振り返る。

 そこで見えたのは、アレンにナイフを突きつけている誘拐犯一味。


(そうなるよね〜)


 雑魚……まあ、言い方は悪いけど……は、すぐに人質を取りたがる。

 自分たちのリーダー?がやられたことを悟ると、自分では勝てないと素直に判断し、人質というものに頼るのだ。


(頭のいい戦法だけど………それは、相手が優しかった場合のことなんだな〜)


 アレンのことは、もう友達だと思っている私にとっては、それが一番不快な行動なんだよ。


「どいて?」


「っく!近寄るな!」


「おい、ベアーー」


 さらにナイフを押し付けて、アレンを黙らせる一味。

 その様子を見て、私は………何かが切れた。


「『影の手シャドウハンド』」


「!?」


 男の背中にはかべ。

 だから、安心していたのだろう。


 だが、魔法を行使するものにとっては、格好の的なんだよ?


「う、うわ!」


 男の背中……壁に映し出されているその影から、無数の手が伸びてくる。

 その手は男を掴み、影の中へと取り込もうとしている。


「やめろ!この、離せ!」


 アレンを掴んでいた手を離し、それから逃げることに全力で集中している様子の男。


 やがて、男の抵抗力は徐々になくなっていく。

 単純な疲労と、精神的な苦痛だろう。


 私の使った『影の手』は相手の精神力をも、暗闇に引きずるという魔法なのだ。

 だから、抵抗しても無駄に等しいというわけだ。


 そして、ついには男から抵抗の色は消える。

 それを判断した私は、すぐに魔法を解除する。


「う〜ん。いきてるね!」


 それに安堵した私はアレンの方に向き直る。


「だいじょうぶ?」


「う、うん。でも、ちょっとーー」


 アレンはその場で倒れ込む。


「アレン!?」


 急いで駆け寄ったが、ただ眠っているだけだった。


(もう!驚かさないでよ!)


 まあ、戦いというものを初めて見たのだろう。

 体から緊張がなくなり、糸が切れたように倒れ込んだ……そんなとこだろう。


「ここから、どうしよう?」


 このスキンヘッドと一味はおいておくとして、アレンは流石に家に返してあげるしかないよね……。


「だいじょうぶ!わたしにならできる!」


 自分のほっぺたを叩き、元気付ける。


「こんなときのまほう!『地図化マッピング』」


 私の魔法によってここがどこなのかが表示される。

 ここは、まだ幸いにも国境は超えていないようだ。


「すぐにかえるからね!」


 父様の顔を想像して、そう言い残す。

 私はアレンを担ぎ上げて、すぐに足を動かし始めるのだった。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



(かっこいい………)


 俺の抱いた感想はそれだった。

 剣と剣が交差するその煌く閃光の火花。


 それに伴って、一瞬だけしか見えない二人の姿。

 それが俺にとってはとても綺麗に見えた。


(いいな〜!すごい……)


 ただただ、感嘆の声を漏らすことしかできずに、俺はその戦いを見届けている。

 ついに勝負はつき、ベアトリスの勝利で終わった。


 最後の動きに関しては、「よくぞ見えた」と、我ながら褒めたい気分だった。

 ベアトリスの動きが急に加速して、スキンヘッドの人も見えていなかった様子。


 俺には見えたのだが……。

 生まれつき、何か人とは違うものが見えるのが俺だった。


 本人の体にまとわりついている何か。

 紫色の気配のようなもの。


 その大きさで、だいたい相手がどれくらい強いか見分けることができるのだ。

 だから、喧嘩でも負けないし、強い子には仲良くしてきていた。


 だが、そんな気配とは比べ物にならないほどのものだった、ベアトリスの気配は。


 一瞬で、巨大化した気配が、一気にベアトリスの体を包み込み姿を消した。

 だが、肌では、触覚ではしっかりと気配を感じ取っていた。


「やめろ!この、離せ!」


 そこで、俺の意識が現実に戻る。

 見ると、俺を掴んでいた男が何かに飲まれようとしているところだった。


「う〜ん。いきてるね!」


 ベアトリスは相変わらずに元気にそう告げる。


(かっこいいな〜。俺もいつかあんな風にーー)


 そこから先の記憶は俺のもとには残っていなかった。

 代わりに、おばさんの家で俺の意識は覚醒し直すのだった。

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