第22話 恋とはつまり
電話で、若葉を近所の公園に呼び出した。彼女はすぐに来ると言ってくれた。
夕日の優しい光が、俺の頭上の木を温かく照らす。オレンジ色の木漏れ日は、一段と俺の気持ちを高める。ソワソワとしながら、でもなぜかドキドキしながら、そんな淡い想いを抱えベンチに座っている。
若葉はすぐにやってきた。俺は彼女に向かって手を振ると、彼女は丁寧に振り返してくれるのだ。
「どうしたの?なんかあった?」
「実は……話があるんだ」
この感情は何なのだろうか。彼女を目の前にすると、胸が苦しく感じる。それに、みるみる心拍数が上がっていくような気もするのだ。
「どうしたの?なんか表情硬いよ」
若葉はいつもと同じように、俺と接してくれる。それなのに今日の俺はなぜか、彼女を一段と意識してたじろいでしまうのだ。
いや、でもきっとこれは間違っていない。むしろ、そういう人の前ではそうあるべきだ。
「うん……」
俺はついに心を決めた。胸を張って、この想いを彼女に伝える。今の俺ならきっと、俺は自信を持って解き放つことができる。
「あのさ、若葉。この前俺たち約束したでしょ?俺だけの恋が見つかったら、絶対に若葉に教えるって」
「うん」
「それがやっと見つかったんだ」
「え?本当に?教えて教えて!」
彼女はすぐに興味を持ってくれた。俺は続ける。
「俺、考えたんだ。俺にとって若葉ってどんな存在なのかなって」
「え?わ、私?」
「若葉はいつも俺のことを助けてくれて、話し相手になってくれて、一緒にお出かけしてくれて、俺にとっては本当に大事な人なんだ」
「あ、ありがとう……」
彼女は分かりやすく照れた。
「でも、それだけじゃないんだ。俺は若葉といると幸せだし、出来るだけ一緒にいたいし、こうやってずっと喋っていたい」
「うん……」
「こんな気持ち、俺は若葉にしか抱かないんだ。じゃあそんな特別な感情って、一言でまとめると何て言うんだろうか。そして、俺はようやくその答えを導き出したんだ……。この感情は恋なんだな、って」
若葉は俺をただ黙って見つめている。その無垢で純粋で真っ直ぐな目は、いつにも増して透明感があって綺麗だ。
「つまり、俺だけの恋、……俺にとって恋とは……」
俺は若葉の両手をそっと握った。
「俺にとって、恋とは若葉だ。若葉そのものなんだ」
彼女から満面の笑みがこぼれた。と同時に、大粒の涙が彼女の頬を流れた。
「俺は若葉が好きだ」
俺がそう言うと、彼女は大きく頷いた。その度に大粒な涙がボロボロと溢れるが、それは悲しみの涙ではないことは俺にもわかった。彼女は泣きながらも、最高の笑顔をしているのだ。
その反応を目にした俺は、胸を撫で下ろした。受け入れてもらえた喜びと、ようやく自分の気持ちに気づけた喜び、その両方があった。
彼女はそんな俺に少しずつ近づいてきて、そのまま体を俺に寄せた。
「ごめんね、若葉……。だいぶ遠回りしちゃった」
彼女は静かに首を振った。俺は彼女の背中に手を回して、しっかりと彼女を抱き寄せた。
「私も好きだよ、悠真」
彼女は半分泣きながら、微かに震える声で俺にそう言った。その瞬間、俺の胸が弾けるような、言葉にできない喜びに包まれた。
「これが、人を好きになるっていうことなんだね」
彼女の体はすごく温かい。俺はその温もりをを肌で感じて、なぜかそう思った。この温もりにずっと触れていたいと思う気持ちこそ、恋なのではないだろうか。
「ねえ、悠真」
「どうした?」
「痛い……」
「え?」
色々と思索にふけっていた間に、俺は彼女をあまりにもきつく抱きしめすぎていた。それに気づいた俺は慌てて手を離した。
「あ、ご、ごめん。大丈夫?」
「うん。でも、ありがとう」
俺と若葉は目を合わせると、声を上げて笑った。お茶目に喜ぶ彼女の姿は、何より可愛らしく、そして愛おしい。きっとこの世に、これ以上の幸せなど存在するはずがない。俺はそんな根拠のない自信が、体中から湧き上がるのを感じた。
俺は今、恋をしている。事故で忘れたはずの、人を「好き」になる感情を俺は取り戻した。
そしてこれは、恋を忘れた男と、それに恋する女の物語である。
完
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