第10話 ざわつく心

 ボーノでのアルバイトは順調に進んでいる。キャサリンにあれだけダメ出しされたものの、結果的に最高のホームページが完成した。SNSの方もかなり順調で、インスタのフォロワーはすごい勢いで増えている。

 今日はSNSに上げる用の写真を撮っていた。試作した新作のパンケーキをいい感じに盛り付けし、携帯で写真を撮る。それをパソコンに入れて、上手い具合に加工する。それをインスタに上げると、俺の今日の仕事はほとんど終わりだ。

 俺が休憩していると、シフト終わりの若葉が控室に入ってきた。

「あ、これ写真用のパンケーキでしょ?食べていい?」

 写真用のパンケーキは、店員の賄いになる。若葉が食べたがると思って、テーブルの上に残しておいた。

「いいよ。新作のやつなんだって」

「ホントに?やったー!」

 彼女は甘いものに目がない。1人前のパンケーキをあっという間に平らげてしまった。

「ねえねえ、そういえば沙耶とのデートどうだったの?」

 彼女は突然話しかけてきた。まだ彼女はナプキンで口周りを拭いている。

「すごい楽しかった」

「ホントに!?」

「うん。向こうもそうだといいけど」

「梨沙は楽しかったって言ってたよ」

「え?それマジ?」

「梨沙のこと好き?好きになれた?」

「いや、えーっと……」

 若葉はそう聞いたが、俺にとっては難しい質問だった。人を好きになる感情を1度無くしてしまったのだから、たとえ脳が完治して人を好きになれていたとしても、俺には「好き」という感情がどれか判別できないのではないだろうか。

「わからない……」

 少し悩んだ挙句、俺は正直に答えた。今の俺が新町さんを好きかどうかはわからない。俺が今、新町さんに抱いている感情は何なのだろうか。

「休憩入りまーす」

 ちょうどその時、キャサリンも控室に入ってきた。エプロンをグシャッと丸めて、適当にテーブルに置いた。

「何してるの?」

 俺たちの姿を見て、キャサリンも会話の輪に入ってきた。

「恋バナだよ〜」

「ワオ!いいじゃないの〜」

 キャサリンは部屋の隅から椅子を持ってきて、俺たちの前に置いて座った。人の恋バナへの執着心がすごい。

「2人でどこに行ったの?」

「山奥にあるうどん屋さんに行った」

「山奥?」

「うん。めっちゃ景色が綺麗なところ。自然の感じえるような場所」

「ロマンチックじゃん!」

「うん、めっちゃいいよ!」

 褒められると照れてしまう。完全に俺に好きなところに連れて行っただけなのだが、割といいスポットだったらしい。

「今度私も連れて行ってほしいなぁ」

 と若葉も小さな声で呟いた。

「全然いいよ。いつにする?」

「いや、ちょっと、やめてよ。冗談だよ冗談」

 若葉は少し慌てて否定した。恥ずかしそうに顔を隠した。俺は全然、何の問題もないのだが。

「次はどこに行く予定なの?」

 キャサリンは聞いた。

「いや、まだ何も決まってない」

「早く決めないと。取られちゃうわよ」

「そっか。そうだよね」

「いっそのことさ、なんかプレゼントしたら?絶対喜んでくれるわよ」

 いい考えだと思った。さらに仲良くなるためには、そういうアプローチの仕方もあるのかもしれない。俺にはなかった考えだ。

「そういえば、梨沙の誕生日って来月だよ」

 若葉は思い出したかのようにそう言った。

「じゃあベストタイミングじゃん!誕生日プレゼントあげないと!」

「たしかに。でも何あげたらいいのかな……?」

 女性へのプレゼントほど難しいものはない、と誰かが言っていた気がする。恋愛を知らない俺が、完璧なものを用意できる自信などゼロに等しい。

「なあ若葉、今週の日曜とか会いてる?」

「え?何で?」

「新町さんへのプレゼント、一緒に選んでくれない?若葉って新町さんのことよく知ってるでしょ?」

「うん。まあ、そういうことなら全然良いよ」

 若葉は親切にも快諾してくれた。いつも迷惑をかけてばかりだが、それでも気にかけてくれる彼女には感謝しかない。

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