第7話 誘い
4コマ目の授業が終わり、教室を出た。今日から始まるパンケーキ屋でのアルバイトに胸を膨らませながら、キャンパス内を1人歩いていた。
「あ、いたいた〜」
遠くから聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
「今からバイトだよね?」
若葉が後ろから声をかけてきた。
「おう。若葉も?」
「うん。一緒に行こう」
今回のバイトは今までのものとは違う。店長は若葉の知り合いで、それを思うと余計に迷惑はかけられない。以前のバイトではよくあった、突然頭が痛くなって早退、なんてことはできるだけ無くさなければいけない。そう考えると妙な緊張感が込み上げるのだ。
キャンパスの正門まで歩いてきた。授業が終わったタイミングだったこともあり、やけに人通りは多く暑苦しい。
「悠真くん!若葉!」
後ろを振り向くと、そこには新町さんがいた。サークルで使うのだろうか、大きくて重そうな鞄を肩に下げている。
「沙耶!びっくりした〜」
若葉は嬉しそうに笑っている。彼女らはそこで立ち止まって、世間話を始めた。
「サークル行かないの?」
「今日はバイト。ごめんね、行けなくて」
「そっか〜。寂しいな〜」
新町さんはガクッと肩を落とした。2人の仲の良さが垣間見える。
「で、サークルこっちじゃないでしょ?ここで何してるの?」
「農学部ってこの辺でしょ?悠真くんを探してたの」
「え、悠真を?」
2人の視線が俺に向かっているのがわかった。反応に困ってあたふたしていると、新町さんの方から俺に近づいてきた。
「この前はありがとね、悠真くん」
「あ、うん。こちらこそ」
この前、というのがあの合コン終わりの散歩だということに、俺はすぐに気がついた。
「今度2人でどこか行かない?」
彼女の口から出た言葉に、俺は動揺を隠せなかった。これはいわゆる、デートの誘いってやつなのだろうか。
「うん、もちろん」
俺が平静を装ってそう答えると、彼女は嬉しそうに小さく笑った。
「じゃあまた連絡するね」
「またね」
新町さんは俺たちに手を振ると、軽い足取りで来た道を戻っていった。俺はその後ろ姿を、彼女が見えなくなるまでぼーっと眺めていた。
「悠真、沙耶といい感じじゃん」
隣にいた若葉がボソッと呟いた。
「ホントに?」
「あの後一緒に帰ったでしょ?なにかあったの?」
「いや、特には。普通に喋ってただけ」
失敗だと思っていた合コンで新町さんに好印象を持たれていたのは間違いなく、それは正直に有り難く、嬉しかった。だが何がそれほど彼女に刺さったのか、俺にはまだわからない。
「すごいよ悠真。デートだよデート。悠真も恋愛できてるよ!」
若葉は俺を励ますように、俺の背中を軽く叩いた。心なしか彼女も喜んでくれている気がした。
「若葉はどうだったの?2次会行ったんでしょ?」
「私のことはいいの。それより悠真と沙耶のことだよ。お似合いだと思うな〜」
若葉はそう言いながら、ゆっくりと歩き始めた。俺は彼女を後ろから追いかける。
「気が早いって。俺も新町さんもお互いを好きになったわけじゃないし」
「最初はみんなそうだよ。なんか気になるなーって思って、喋ってたらいつの間にか好きになってた。好きになるってそういうことだよ」
「でも……」
その先の言葉を発する必要性は俺にはなかった。彼女は突然足を止め振り返って、俺の肩に優しく手を置いた。
「悠真は恋愛してみたいんでしょ?人を好きになりたいんでしょ?」
「うん……」
「恋は『できるかできないか』じゃないの。『するかしないか』なの。頭のことは一旦忘れて、チャレンジしてみないと」
彼女の言葉は俺の心にグサッと刺さった。今までは医者に言われたことを言い訳に、恋愛を遠ざけていた。人を好きになれないことを受け入れて、諦めていた。でもそんな線引きをしてしまったことに、後悔する時もあった。
「そうだよね、若葉の言う通りだよね」
「ほら、自信持って。そんなウダウダしてる悠真は見たくない」
そう言うと彼女はまた歩き出した。彼女の言う通りだ。きっと不可能なんてことはない。医学の壁を越えて、俺は人を好きになってみせる。
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