一般通行人

水無月ハル

雨音  一般通行人(仮)

 僕は、一人雨に打たれていた。

 重なって混ざり、曇り空から落ちる一粒一粒はとても美しく、灰色のつまらない世界を鮮明に写していた。

 もう随分ぼうっと立ちながら、冷たい雨に打たれている。なぜ打たれているかって?決して誰かに振られたとか、親に締め出されたとか、そういうのじゃない。

 学校にわざと傘を残し、最近見つけた人通りがない高架下、ギリギリ雨のあたる場所で、パラパラと降り注ぐ天からの恵みを、身に受けているだけだ。ここは僕以外誰も知らない。雨に打たれる感覚も全て僕のものだ。

 一歩前へ出て天を仰ぎ、雨を全身で受け止める。この空間には少しの癒しと高揚感、優越感が入り混じり、それら全てを雨粒が一つ残らず吸い込み、ぐにゃぐにゃと様々な色に移り変わる。

 雨の音はまるでなく、僕の耳には何の音も聞こえなかった。ただ分かるのは、雨が顔に当たる感覚と、世界が妙に輝いて見える視覚情報だけだ。

 すると、目の端に一つの色が映る。ちらつく爽やかな水色は、灰色の世界には美しすぎて、僕の目を一瞬で奪った。

 それはどうやら傘のようで、すぐそばに立っている少女は、何とも言えぬ微笑みをこちらを向けている。

 丁度少女の目元だけ傘で隠れているが、僕らは目が合っていると感じた。安い恋愛小説なら、このように目が合えばどこか相手に惹かれる所だろうが、その少女に対して特別な感情を抱いたりなんて決してなかった。どちらかと言うと、冷ややかな目を向けていたと思う。

 少女はすぐそばまで近づき、いたって普通の質問を問いかけてきた。

「ねぇ、何してるの?」

 まっすぐこちらを見つめる少女のブラックサファイアのような瞳は、その大きな両目に僕を映していた。その瞳は空から降る雨粒のように滑らかで、キラキラと反射し潤みを含んでいた。

 僕は素っ気なく、別にと答えた。少女はそれだけで納得したようで、何も言わず横に立っている。先程までの優越感や、僕だけの世界は少女の登場で打ち破られてしまい、すっかり興が冷めてしまった。

 高架下に置いていた鞄を持ち、僕は無言でその場から去る。少女の存在が少し気になり後ろを振り向くと、少女はこちらから一切目を離さず、無言で微笑み手を振っていた。

 少女の期待に応えるつもりもないので、手を振り返さずにそのまま歩き出す。

 二メートルほど離れたところで、少女の声と思わしき音が後ろからするも、激しくなった雨のせいで何を言ったのかは分からなかった。

 だが、特に気にする理由も、少女に時間を割く義理もなかったので、一切振り返らずそのまま帰路に立った。


 雨で制服が濡れたことには相変わらず怒られた…。

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