嵐の前の雨の日
朝から小雨がちらついていたある日。
俺はもう間もなく、六度目の誕生日を迎えようとしていた。
両親が何か準備をしているのを見て、今日は何かあるのかを質問したところ、王都に用事があるため、昼からここを出て王都へ向かう、と言われた。
行きたいかどうかを問われるも、王都で見た死体が軽くトラウマになっている。そのため、王都に向かうのを俺は拒否した。
ということで、両親が王都へ出向いている間、エルの家でお世話になることになった。
サンタナ領から王都までは半日程度で着くため、行き帰りで一日、王都で一日、二日間だけのいわばお泊り会みたいなものだ。
「おかえり!アル!」
「おじゃまします」
「むぅ、ただいまでしょ!」
頬を膨らませたエルは背中をぽかぽかと叩いてくる。
そんな彼女に対して、反応できないくらい俺は浮かれていた。
なにせ、人の家に泊まるというのは初めての経験だ。ちょっと楽しみだ。
「アルマ君、よく来た!」
はっはっは、と声高らかに笑うダグラス。
雨でジメジメとした暗い外とは対照的に、エルの家の中は賑やかだ。
そして、二階から降りてくる人がいる。スミシーだ。
「こーら。アルマ君を困らせないの。うるさくてごめんね」
魔法を教えてもらった日から、彼女の人物像や性格が少しづつ分かってきた。
彼女はエルやダグラスのようにうるさい・・もとい明るいという印象ではない。
しかし、他二人の圧倒的な個性に屈することなく、彼らがうるさくなる・・もとい賑やかになるとそれを諫めることができる人である。まさに母は強し。
エルとダグラスに両手を引っ張られながら、スミシーの言葉に返事をする。
両側で、あたしとかくれんぼするだの、俺と話すだの、言い合いをしている二人。
ヒートアップする二人に比例するように。スミシーの怒りも増大し、ついに有頂天に達した様だ。
「あんたたちィ!そこに座りなさァい!」
エルとダグラスは大体十分くらい正座しながら説教を受けていた。
半べそをかいたエルが、こちらに寄ってくる。
「お疲れ、エル。」
手で涙を拭うエルの頭を撫でる。
数十秒ほどその状態でいると、泣き止んだエルがかくれんぼを提案してきた。
それから、いつもの遊びが始まった。
* * * * *
遊びに夢中になっていると、夕方になっていた。外の雨は止むどころか強くなっている。
エルと一緒にリビングへ向かうと、スミシーは料理を食卓に並べ、ダグラスは半裸で腕立てをしている。
食事の準備ができたら四人全員、席に着いた。
「「「「いただきます。」」」」
俺の声と同時に、三人も声を出す。
ぎょっとした。なぜ知っているのだろう。
「びっくりしてるな。アルマ君のお父さんから教えてもらったんだ。」
「うん!それであたしが使おう、ってパパとママに言ったの!」
「アルと一緒がいい、ってずっと言ってたものね。」
ママ~、と顔を赤くしながらスミシーに訴えかけるエル。
驚いた。自分の家だけだと思っていたら、エルたちも使っていたのか。
なんか、普通に嬉しいな。
その日の食事はなぜだか、いつもより早く食べることが出来た。
食事を終え、洗い物も終えて、夜の時間がやってきた。
エルはスミシーと魔法の勉強をしている。普段から訓練をしていると言っていたが、この時間に行っていたのか。
俺はというと、ダグラスと話していた。
「ダグラスさん。あの時のことなんですが。」
「あの時・・・ああ、狩りに行ったときのことだな。」
「はい。あの時、ナイフが大剣になったのはなぜですか。」
ずっと気になっていた。あの光景は男心をくすぐるものがあった。
「それはだな・・・」
魔法だ、の一言で終わると思っていたらそうではないらしい。
あれは二つ名によるものだそうだ。
ダグラスは昔の話を始めた。
彼が冒険者の時の話だ。
ダグラスが冒険者として活動していたのは、十四歳から二十九歳までの十五年間。
十五年の間、ダグラスは様々な土地で活躍してきた。
ある土地では魔物に脅かされる村を助け、またある土地ではダンジョンに潜む強敵としのぎを削り、またある土地では迫りくる魔物の大群を相手に生還した。
その様子を目の前で目撃した者や、彼の打ち立てた武勇伝の数々を聞いた者はダグラスに対して共通の認識を持つようになった。
『剛剣』ダグラスと。
「俺の『剛剣』という二つ名は、俺が敵を剣で殴り倒す様を表したものだ。多くの人間にその呼び方が知れ渡った結果、俺は『剛剣』ダグラスとして認知された。」
その後、ダグラスはいついかなる時でも自らの二つ名を体現することができるようになったらしい。
それは手に持った刃物が大剣になるという効果、殴り倒すのに必要になる筋力が大幅に増強される効果があったという。
このように、二つ名に込められた意味がスキルとして発動する。
不思議な現象だ。
「なんで二つ名に効果が着くんですか?」
「それは、この世界に神がいるからだ。」
神都の神のことか。
よくわからない理屈だが、なんとなく納得してしまう。
そもそもここは異世界。これまでの常識が通用しないことなど痛感しただろう。特に王都では。
「二つ名をもらうには、どのくらいの人に知られなきゃいけないんですか?」
「詳しくは分からない。強いて言うなら、常識と呼べる程まで知らなければいけないな。」
常識になるまで。抽象的ではあるが、その人数は膨大であることがなんとなく分かる。そして、それを成したダグラスのすごさも。
この世界特有の要素、二つ名。
それについて考えを巡らせていると突然、視界が青く光り顔を手で覆う。
眩暈に似た感覚に陥り、倒れそうになる。
「いい時間だしな、眠くなったか。」
「そうかもしれません、今日はもう寝ます。」
ふらつく足で二階に用意された寝床に向かう。
これまでも何度かあった、視界が青く光る現象。
これにどんな理由があるのか、それは分からない。
疑問を投げ捨て、眠りに落ちた。
* * * * *
朝。目が覚め、一回の居間へと降りる。
そこには、不安そうな顔をしたスミシーと、真剣な面持ちのダグラスがいた。
「アルマ君、落ち着いて聞いてくれ。」
なんだというのだろう。何を言われるのか見当もつかない。
「君のお父さんとお母さんが、王都へ向かう途中に死亡した。」
ダグラスから告げられた言葉に、心臓が大きく脈打った。
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