第四王女

 ソフィアはスカートをつまみ、おしとやかにお辞儀をする。

 素人目ではあるが、一つ一つの所作が洗練されているように見えた。


 というか、やはりそうか。なんとなく王女様とか貴族の人物かと思っていた。


「あまり驚かれないのですね」


 突然、顔を近づけられる。

 いきなりのことに思わず顔を背けてしまう。


「い、いえ。驚きで声が出ないだけです」

「出ているではないですか」


 揚げ足を取られたことに間抜けな声を上げてしまう。


 すると、ソフィアは口に手を当て肩を震わせていた。

 それだけでなく、彼女は俺の視線から顔を背け、後ろ向きに笑いつづけた。

 笑いがまだ完全におさまらないまま、向き直り、口を開く。


「すみません、私としたことが失礼なことを。よろしければあなたの名前を教えて下さりませんか?」


 そう聞かれ、自分の名前を教えていなかったことに気付く。


「こ、これは失礼を!俺、いや!私はアルマ・エンブリットと申す者でございます!」


 焦りながら早口で自己紹介をすると、またもソフィアは笑っている。


 生まれてこの方、身分が高い人とは無縁だったのだ。言葉遣いがおかしかったとしても、多少は見逃してほしい。


「い、いえ、すみません。ところでアルマ様はなぜこんなところに?」

「恥ずかしながら迷子になってしまいまして。両親を探しているのですが、なにぶん王都に来たのは今日が初めてなもので、右も左も分からないのです」

「まあ!でしたら私にお手伝いさせてください!」


 恐れ多い、と丁重にお断りするも、意外に強情な王女様に押し負け、手伝ってもらうことになった。


 そうして、二人で裏路地を進んだ。

 無言でいるのも気まずいため、なにか話そうと話題を探す。

 話題を探すうちに冷静になり、一つの疑問が出てきた。


「ソフィア様は、なぜこんなところに?」

「それは、内緒ということで」


 口に人差し指を当てるソフィア。


 適当にはぐらかされた感じがして、釈然としないが、国のお偉いさんの事情だ。踏み込みすぎたら面倒ごとに巻き込まれる可能性がある。考えすぎかもしれないが。


「では、ソフィア様についてお聞きしてもいいでしょうか?」

「それでしたら構いません」

「では失礼を承知で、何歳なのでしょう?」


 彼女はその質問には答えてくれえた。

 なんと驚くことに彼女は俺の二歳上、七歳だという。彼女の身長は俺よりも少し高く、言動や所作が雅やかであることから、もう少し歳が離れていると思っていた。

 それと、女性に歳を聞くのは厳禁、と怒られもした。


 今度はソフィアから質問が飛んでくる。


「あの、アルマ様のご両親はどんな方なんですか?」

「外見ですね。確かに、それが分からないと探すこともできませんからね」

「それもそうですが、ご両親のお話を教えて下さいませんか?」


 父と母についてのエピソードということだろうか。

 意図は分からないが、家族についての思い出話の引き出しは多い。

 この時間が気まずいものになるのを避けることができるだろう。


 その後、俺はソフィアと話しながら親を捜し歩いた。

 俺が一人で使っていた食事の合図の言葉を両親も使ってくれた話。

 俺の秘密を知っても、両親は俺を嫌いならなかった話。


 興が乗った俺は、家族の話だけでなくエルやその家族についても話した。

 エルという、「魔法の申し子」のパッシブスキルを持った自慢の友達がいる話。

 エルの父、ダグラスに狩りに連れていかれた話。


 ほぼすべての話が、親自慢か友達自慢みたいになったが、ソフィアは楽しそうな様子だった。


 彼女は俺の話にあら、とかまあ、とか相槌を打ってくれるため話しやすかった。


 それによく笑う。俺なんかの話で笑ってくれるなら、俺も話がいがあるというものだ。


 しかし、自分だけが話す側というのも申し訳ない。

 そう思い、俺はソフィアにも話を振ることにした。


「あの、ソフィア様のご家族の話などはないのですか?」


 興味本位で聞いてみたが、その反応はあまり良くない。困った顔をしている。

 エルと話すような感覚でいたが、この子は王族。家族関係が複雑なのかもしれない。

 配慮が足りなかった。


 すぐに謝り、再度自分の話を始めた。

 

* * * * *


 そうして約二時間。

 陽が沈み始めた頃に、両親と再会を果たすことができた。

 両親はソフィアの顔を見た瞬間、頭を下げて謝っていた。


「だ、第四王女様!?お手を煩わせてしまって申し訳ありません!」

「いえ、お構いなく。私も楽しい時間を過ごせました」


 ソフィアは顔に笑みを浮かべて俺の両親と話している。

 なんとも他人行儀な対応だ。

 それはそうと、ソフィアに感謝をしようと、俺は彼女に向き直る。


「本当にありがとうございました、ソフィア様。私にできることであれば、なんでもいたします」

「それでしたら、お互いに呼び捨てで名を呼び合うというのはいかがでしょう?」


 父と母、それと周りで聞き耳を立てていた人達が驚きの声を上げる。


「分かりました。では、本日は本当にありがとうございました、ソ、ソフィア。」

「呼び捨てではありますが、まだよそよそしいですね。友達みたいに話してくださりませんか?」

「分かりまし、じゃなくて分かった、ソフィア」

「はい!どういたしまして、アルマ!」


 それまでは貼り付けたようなに笑みを浮かべていた女の子の顔に、満面の笑顔が咲き誇った。


 その笑顔を見て初めて、彼女が自分と歳があまり変わらないことを実感した。


 そして、変わり身とも呼べる早さで彼女の表情は大人しいものに切り替わる。


「またお会い致しましょう」


 振り向いた俺に向けて胸の辺りで手を振るソフィア。

 俺から彼女の姿が見えなくなる最後まで、彼女はこちらに手を振り続けていた。

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