魔女と機械

@kwivc

第1話

「追手が来てるみたいだね」

「……ああ」


占い師ムプの声に俺は頭を抱えた。一つだけ言えることは、魔法使いの方は別にここがどこだか気にしていないということだ。圧縮空気の入ったマスクを用意する。鋼鉄の壁の外は雲の上だ。せめて機体が空中分解されても酸欠で死ぬようなリスクは避けたい。


転移魔法――すなわち、自分の行ったことのある場所ならばどこでも自由に行くことのできる魔法――のおかげで、俺は元の世界に戻って来た。神様の手違いとやらで異世界へと飛ばされた俺を、仲間を連れて西暦2254年の現代、日本国火星領に送り届けることのできる大魔法。しかしこともあろうに追手の奴は、その大魔法の痕跡を辿り、術式を改ざんして利用し、俺達とほぼ同じ場所にたどり着く離れ業をやってのけたのだった。


光流シャイン、これムズいんだけど」

「メイさん、それ今する話ですか……?」


骨董品のゲーム機で遊ぶ黒魔法士はいつになく落ち着いている。というか、落ち着くほかない。防御の魔法陣は張ったし、迎え撃つ作戦はもう建てている。むしろ俺が慌てているだけなのかもしれない。それでも。


「いつになく慌てていますね、光流さん」


背後からの声にびくりとする。


「急に話しかけるな、ガイ」


この白魔法士は分かってやっているに違いない。一挙手一投足が気色悪い。旅の初めの頃はエルフがこんなにウザい種族だとは思ってもみなかった。


「いやあ、魔法陣を張るためとはいえ人様の乗り物に落書きをしていいものかと思いましたよ」

「いいんだよ。この乗り物俺のじゃないし」


そう。俺のじゃない。誰のかは知らないし今誰が動かしてるのかも知らないが、とりあえず身を隠させてもらったし、物資も借りた。俺のスキル「認識阻害」のなせる業だった。効果に制限はあるが今のところ誰にも気づかれていない。持ち主が魔法使いの攻撃を受けないことを願うばかりだ。


「……今のうちにやることやっちゃえば?」

「なんてこと言うんだお前……」


勇者アリエスはときどき身もふたもないことを言う。というか、俺が力になれないことが前提らしい。

この件に関しては完全に俺とムプの責任で、無関係のこいつらに頼らざるを得ないこちらも情けないのだが。

そもそも俺がかの有名な闇の魔女、ゼッウルに追われることになった原因は……


「おい、なんだお前ら」


過去に思いを巡らせようとしたとき、不意に声を掛けられた。


「へ……?」


見るとそこには漆黒の外殻に身をつつんだ兵士が立っている。空港で拝借したAR目薬に映る限りでは、この男は以前何度か聞いた国際テロ組織の構成員を名乗っている。


「動くな」


何かを察したガイが背中のメイスを握ろうとでもしたのだろうか。兵士はこちらに銃を向ける。ともかく俺はまっすぐその兵士を見ながら両手を挙げた。


「何こいつ」アリエスが言う。

「お前ら、動くなよ」


俺は一応言った。遥か前にミリタリー系の動画で見た記憶を辿る限りではテロ組織の兵士というのはドラッグによる鋭敏な知覚力と外骨格のダイラタンシー式人工筋肉による瞬発力を兼ね備えている。銃がどんなタイプかは分からないが、こちらの防御魔法で防ぎきれるかどうか分からない。


知覚阻害を掻い潜るような機械が発明されていたのか、それとも俺の修行が足りなかったのか。兵士に見つかってしまった理由を考えつつ、こともあろうにテロリストの飛行機に乗り込んでしまった不運を呪っていると、


「眠れ〈クロッオ〉」


一瞬強烈な眠気に襲われる。俺はすんでのところで耐えた。兵士は倒れ込んだ。


「メイさん」

「動くなと言われたので」


メイさんは言った。相変わらず輝かしいまでの笑顔である。この笑顔が良いのだ。下衆な輩はメイさんの豊満な体に見惚れて気がつくことがないだろうが、この人は聖母と言って過言ではない。……少し天然なことを除けば。


メイさんの黒魔法は強力だが、何の所作もなく使うと声を聴いた者すべてが巻き添えを食らう。耐性強化を得ていなかったら数時間は動けなくなっていたところだった。


「どうします? きっと今ので乗ってる人全員に気づかれましたね」ガイがまたウザウザしい喋り方で尋ねる。エルフというのは特別勘がいい。すでにこの世界の情報の在り方を掴んでいるようだった。


無駄に高身長かつ無駄に隆々な肉体に、編み目の粗い素朴なポンチョが揺れる。このナリで後衛だということに歯がゆさを禁じ得ない。


「ここで迎え撃とう。もう認識阻害は効かないかもしれない。詳細は省くがこいつらはこの世界では結構ヤバい奴らなんだ」

「あんたずっと無能ね」


勇者アリエスが口をはさむ。俺がキッと睨み返したが、奴はぷいっとそっぽを向く。見事なツインテールが見事に空気を切る。


テロリストたちの目的は知らないが、邪魔者の入ってきたことに気付かれた以上は倒すしかない。


=====


「連中、何者でしょうか?」

「レインの生命活動は停止してない。一時的に眠らせるESPの持ち主だろう。急に現れたところを見るとテレポーターも混じっている。妙な格好してるのが気に食わないが……」

「まさか、?」

「かもしれん。この艦の電磁波迷彩とエンタングルメント攪乱をものともせず見つけ出し、こちらのレーダーにも引っ掛からないとなるとな」

「どうします? にわかには信じがたいですが、奴らの狙いはやはり……」

「エスパーは政府から監視の対象になっている。ここで奴を見失うことは避けたい。やるなら今だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女と機械 @kwivc

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ