第14話 幕間
彼は、重たい体に活を入れて身を起こした。指が小刻みに震えているのが分かる。
「そうだミナミ、あれ渡してやれよ」
「え? ああ、あれ。うん、今持ってくるね」
二口女はふらついた足取りで立ち上がると、自分の手首をさすりながら講堂の隅へ行った。そこには彼女の私物が入ったピンクのバッグがあった。
「はいこれ、チン之助さんどうぞ」
ミナミが差し出したのは、変哲のないエナジードリンクだった。
「外のコンビニで買ったもんだぜぇ。オレ用とミナミ用と二本あるから、一本やるよ。オレたちは今日は半分こで十分だ」
チン之助は礼を言って受け取り蓋を開ける。
カシュッ
小気味いい音がする。缶を口に運んだ。途端、彼の目が大きく見開かれた。
甘露、なんと甘露なことか。喉を鳴らして一気に飲みきった。滋味が身体に行き渡り、手足の震えが止まる。
「トイレに行ってもいいかな」
そう言って彼女たちが指した便所を借り、用を足す。
手を洗いながら、鏡に写った自分の顔を見た。少々疲れてはいるが、いつもの顔だ。
講堂に戻ると二口女は消えており、秘書風の格好をしたキキョウだけが立っていた。講堂の照明を浴びて髪が赤く光っている。
彼女からタオルを受け取り、身体を拭いてスーツを身に着けた。
「お水はどうします?」
「いただこう」
キキョウの故郷の水を一息に飲みきる。
「ありがとう。……さあ、俺はもう大丈夫だ。次の階へ、この五重塔の最上階へ向かおう」
「ふふ」
何がおかしかったのか、キキョウは口に手を当てて笑った。
「あ、ごめんなさい。気合の入り方と言い、まるで魔王退治に向かう勇者みたいなシチュエーションだなと思いまして」
実際には風俗店で嬢に会いに行くスケベが一人いるだけなのだが、そんな無粋なことを言うほどチン之助はつまらない男ではなかった。
彼は笑みを浮かべるとキキョウに頷いてみせた。
彼女もまた頷くと、今までと同じくチン之助に尻を向け五階への階段を登った。
五重塔最上階の廊下には、女が座っていた。一人ではない。
猫又のミャオ、ろくろ首のカナエ、雪女のタマキ、そして二口女のサイカとミナミたち。皆、神妙な顔で壁を背に正座をして一列に並んでいる。
まずは金魚柄の着物のミャオが口を開いた。
「チン之助様、数々のご無礼どうか平にご容赦ください」
そしてミャオは深々とお辞儀をする。天井に壁に張り付く彼女の俊敏さには苦戦させられた。よく鍛えられているためか、彼女のアソコの締め付けはピカイチだった。
次はカナエだ。何の冗談か、彼女は裸のまま座っている。ひょっとして私服がないのだろうか。いやまさか。
「ここまでのご活躍お見事でございました。死亡お遊戯はこの五重が最終でございます。」
カナエもお辞儀をした。豊満な胸や尻も魅力だが、何と言ってもその長い首こそが最大のチャームポイントだろう。
次は涼しげというより心もとないキャミソール一枚のメスガキ、タマキ。
「これより先に待ち受けますは、我らが主でございます」
タマキも頭を下げる。凍えるほどの寒さと幻覚を見せられたのにはたまげた。しかし、彼女の子供のようでありながら男を誘う身体を征服した喜び。なによりその気高い精神を屈服させた快感は何にも代えがたいものであった。
最後は体のラインの出るニットセーターとスキニーパンツを着たサイカとミナミだ。
「「五重を制したものは、その望みを一つ叶えることが出来ます。チン之助様のご健闘をお祈りしております」」
二口女は元気よくお辞儀をした。頭の後ろの口であるサイカがいたずらっぽく笑う。エネマグラ、そしてミナミの執拗な責めが今日最もチン之助を追い詰めたことは言うまでもない。だが、それを加味してもなお彼女たちの身体の素晴らしさ、二人の明るい性格は、チン之助の心に深く印象付けられた。
受付嬢のキキョウは頭を下げる彼女たちに構わず廊下を進んでいく。チン之助は嬢たちに会釈をしてキキョウを追った。
別れは次のセックスの始まりとはよく言ったものだ
彼は彼女たちのことを忘れないだろう。だが、彼の胸中は今、五人目の女とのセックスへの期待で満ち満ちている。
五階は廊下の板材からして高級だった。無垢のケヤキだろうか。
凝った作りの灯籠に照らされ、壁にチン之助の影ができる。
今までと同じく、引き戸の前にキキョウが立っていた。戸の脇を見ると、おそらく真鍮だろう無地の金色のプレートが掲げられていた。
あるいは、本当に金かもしれない。金と真鍮の見分け方など知らない。彼は三十八年も生きてきたが、女の扱い以外ほとんど何も知らない男なのだ。
だからこそ。引き戸を開けながらチン之助は思った。女と男の勝負で自分が負ける訳にはいかない。
「あれ」
彼は言った。
部屋の中には、誰もいなかった。
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