第9話 四重① ~二口女~

 タマキの乱れたキャミソールを正し、掛け布団の端で自身のペニスを拭うと、受付嬢のキキョウが声をかけてきた。

「終わりましたか」

「ああ。……強敵だった」

「四重はどうなされますか?」

「もちろん挑戦する」

 チン之助はキキョウとともに廊下に移動して引き戸を閉めた。

 すぐに上に行く、と思ったチン之助だが、足がもつれる。寒さと幻覚、その後の分からセックスで思っていたよりも消耗が激しい。壁にもたれかかり深呼吸をした。

 そんな彼を白いシャツとタイトスカートの女は静かな目で見つめる。『大丈夫か』とも聞かないし『早く行こう』とも言わない。ただ、ペットボトルの水を差し出した。

 うわ言のように礼を言って受け取り、一口飲んだ。

 うまい。チン之助の目は色を取り戻した。体中に力がみなぎる。まるでメロスが飲んだ湧き水のようだ。チン之助は思った。

「私の故郷の水です」

「素晴らしいところなんだろうな」

「そうですね。昔は……いえ、今でも私にとっては大事な場所です」

 改めてキキョウにはっきりと礼を言い、ボトルを返した。

「待たせたな、行こう」

 彼が短くそう言うと、キキョウは頷き階段へ向かった。

 控えめに左右に振られるキキョウの美しい尻を見ていたチン之助は、階段の壁に妙なものがあることに気づく。壁の一面がくり抜かれた棚になっており、中には……

 性具、性具、性具!

 箱にしまわれたバイブやローター、電マにオナホ、その他性豪を自認するチン之助ですら用途が分からないものまでセックスアイテムがところ狭しと並べられていた。

チン之助はわずかに足を止め、棚を眺めると、一人頷きながらアイテムをスーツのポケットに入れた。

 四階の廊下は清潔感漂うリノリウムタイルが敷かれていた。蛍光灯が廊下の奥まで明るく照らす。大学の校舎がこんな感じだったな、懐かしい。チン之助は思った。新入生から教授、食堂のおばちゃんまで端から口説いてたら、キャンパスを歩くたびに男たちから殺気立った視線を向けられたっけ。

 受付嬢が目の前に立つ引き戸のデザインも現代的だ。プレートには女性のキスマークが二つ。

 引き戸を開けた。大学の講堂を模した部屋。ただし、教壇の代わりにクイーンサイズのベッドが置かれている。

 女がひとり、ベッドの前でチン之助を待ち構えていた。体のラインが出るニットのセーターにスキニーパンツ。ボブにカットされた髪が目にかかっており、表情の細かい部分は見えない。

 チン之助は胸を張って堂々と歩いた。女もそれを見てニヤリと笑うと近づいてきた。

 講堂の真ん中で二人は荒々しくキスをした。

 女のニット越しの胸がチン之助の胸板に押し付けられる。チン之助は相手の尻をわしづかみにした、女は右手でスラックス越しにチン之助のナニを弄ぶ。

 互いの舌が激しく動き、相手の舌をとらえ、絡み合い、口中をまさぐった。

 メスガキとの淡いキスの思い出が、ほとんどセックスと言える大人のまぐわいによって上塗りされていく。

「っぷはぁ」

 口を離すと女が小さく声を出した。二人の荒い息が講堂に響く。

 その見た目と四層の造りからして彼女は大学生か? だが、侮ってはならない。大きな胸に細い腰、揉みがいのある尻といった抜群のプロポーションに甘えず、プロの風俗嬢としてかなりの修練を積んだテクニック。この娘は、かなりの強敵だ。

 チン之助が考えていると、彼女の頭の後ろから声がした。

「おい、このにーさんキスめっちゃうまい。かなりやるぜ」

 その声に目の前の女性が口を動かして返事をする。

「う、うん、そうだね。それにあの、あそこ、あそこが……」

「ああ、金玉がずっしり重い。こいつは相当精子が詰まってやがるぜ。初重から三重までで射精しなかったのか」

「ちょ、ちょっと。そんなにはっきり大声で言わないで。恥ずかしいでしょ」

 ニットの女が目にかかった髪越しにチン之助を見上げる。

「射精はしたさ。何度もね。ただ、君をひと目見て、精子が新たに作られたんだ」

 チン之助は笑顔で言った。店外で言ったらこれだけで逮捕されるようなセリフだったが、ここは風俗店アヤカシ屋。まして相手は物の怪だ。

「ヒュー」

 また彼女の頭の後ろの声が言った。

「ヘイヘイ、ミナミ。にーさんはやる気マンマンだぜ。こりゃ俺たちも本気出してかからないと食われちまう」

 ミナミは顔の見える部分を赤く染めてモジモジしている。

「う、うん。ボクそんな事言われたの初めて。お世辞だってわかってるけど……」

 声はか細く消えていった。

「ふむ、どうやら君は……君たち、のようだな。俺は夜利チン之助。よかったら二人の名前を聞かせてもらえるか」

 チン之助の言葉に最初に答えたのは女の頭の後ろだった。

「おおっと、自己紹介の先手を取られちまったなァ。俺はサイカ。そんでこっちは……。おいほら、挨拶しろよ。」

「わ、分かってるよ、もう。こ、こんにちは。ボクはミナミ。四重の番人、二口女のミナミだよ。よろしくね」

 ミナミは挨拶したあとに分かりやすく横を向いてくれた。なるほど、彼女の後頭部、丁度耳の高さにもう一つ大きめな口がついていた。口はニヤリと笑う。

「口紅を塗るのがよお、大変なんだよ」

「うん。合わせ鏡で確認しながらだから」

二人の関係は良好なようだ。

「それで、あの、その……」

「おう、にーさん。当然キスで終わりじゃないよな」 

 セックスの話をするときだけ、髪で隠されたミナミの目に妖気が宿る。

 チン之助はブルりと身震いした。そう、自信がなさそうに見えても、リラックスして見えても彼女は四階の番人。猫又よりも、ろくろ首よりも、メスガキよりも手強い相手だ。

「もちろんだ」

 彼は上着とスラックスを脱いだ。ワイシャツの袖をまくる。薄っすらと日焼けした、たくましい前腕と鍛えられた脚を露出した。

「君の服は俺が脱がしても?」

「あ、はい……お願いします」

 ミナミは服の上からでも分かる、その見事なプロポーションを怪しくくねらせた。

 チン之助は二口女が着るニットの脇に手を当てると、彼女の腰を撫でるように優しく手を滑らせた。

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