死亡お遊戯  ~ヤリチンVS.妖怪娘 勝利しないと命がない五重塔~

春風トンブクトゥ

第1話 五重塔

 その男、夜利チン之助は性豪であった。

 三十八歳独身。男盛り働き盛りの彼だが、彼の情熱はもっぱら女遊びに注がれており、仕事ぶりでは特に抜きん出たところはない。

 女とのセックス。それこそが自分の人生の宿命と言うべきものだとチン之助は考えていた。七人のセフレを持つだけでは飽き足らず、時間と金に余裕がある日は性風俗店へ出向き、出しても出しても冷めやらぬ下半身のモヤモヤを発散させるのであった。

 今、彼の目の前では猫耳と二本の尻尾を生やした若い娘が両手を床につけ、四足で走り回っている。

「どうにゃ、これなら、わちきを捕らえることはできまい!」

 彼女の着ている金魚柄の着物は裾がはだけ、健康そうな生足が露出している。

「むむむ」

 チン之助は唸り声をあげた。床に敷かれた二組の布団に目もくれず、猫又の娘ミャオは部屋を反復横とびのごとく行き来していた。

 なんということだ。男は思った。これでは彼女の秘められた穴に、自慢のイチモツを入れることができない。

 吊るしではなくしっかりと仕立てられたスーツの下の彼の体は、日頃の荒行の如きセックスで鍛えられてはいる。だがそれはあくまで一般人の範疇だ。猫のように跳び、猫のように壁に爪を立てる妖怪猫又を組み伏せられるほどの力は有していない。 

 しかし、これで諦めるわけにはいかない。かかっているのは、自分の命だけではないのだ。

 そんな彼の決意をあざ笑うかのように、猫又は天井の梁に逆さまに飛びつき「ニャハハハ」と上機嫌な声を出した。

「どうされましたか、チン之助様」

 木製の引き戸の入り口に秘書風の出で立ちの美しい女が立っていた。艶やかなロングヘアーは薄っすらと赤色が入っており、部屋の灯に照らされてキラキラと光っている。

「ここはまだ五重塔の初重。為す術もなく脱落してしまうには、あまりにも早すぎるかと存じますが」

 そんな彼女の挑発に背を押されるように、チン之助はスラックスとボクサーパンツを脱ぎ、局部を露出した。そして己を鼓舞するために声を出した。

「やるしかないぞ、チン之助。覚悟はとっくに決めてきた。たとえ相手が人外・妖怪・物の怪だとも、我が性欲に陰りなし!」

 ……なぜ、我らが主人公チン之助がこのような事態に陥ったのか、読者の皆様には順を追って説明せねばなるまい。


「ここがその店か」

 繁華街から少し歩いたところで、チン之助はその店を見上げて言った。風俗好きの後輩から聞いた、新しくオープンした風俗店『アヤカシ屋』である。

「でかい……」

 風俗店と言えば大体が雑居ビルに入り、紫やピンクなど淫靡な看板を掲げているのが相場である。しかし、アヤカシ屋は違った。

 オフィスビルや飲食店ひしめくその雑踏に、京都にでもあるような木造の塔が堂々とそびえ立っている。漆黒の瓦屋根と鮮やかな赤い壁面が何度も繰り返され、見るものを圧倒する。新築であるにも関わらず時代を感じさせるような重厚な作りの五重塔を前に、チン之助はゴクリとつばを飲み込んだ。

「よし、行くか」

 初めての店に入る時はいつも緊張する。いい娘はいるか、料金体系は大丈夫か、思わぬ落とし穴はないか。

 不安は尽きないが、とりあえず後輩は普通に楽しんだという。

 彼いわく。

「キャストの子は全員コスプレ?みたいのしてました。そんで、一般コースとスペシャルコースみたいのがあって、俺は一般選んだっす。可愛い子揃いでめっちゃレベル高かったっすよ。でもそれだけじゃなくて、どこか怪しげっていうかオドロオドロしい雰囲気たっぷりでしたね」

 値段も標準だったとのことだ。

「すっごいよかったんで、今日仕事終わったらスペシャルコース行ってみようと思うっす」

 チン之助にそう宣言した翌日から、彼は会社を欠勤している。

 五重塔の入り口は開け放たれていた。

 すぐ上には木の看板に筆で『アヤカシ屋』と書かれている。

 中に足を踏み入れたチン之助はひんやりした空気と木の匂いを感じた。蛍光灯の青白い光が廊下を照らしている。 

 入り口から五メートルほどの場所に受付があり、女が座っていた。

「こんばんは。アヤカシ屋にようこそ」

 はっとするほど美しい女だ。フロアの中で、彼女の顔だけが輝いて見える。艶やかな髪は薄っすらと赤色に染められており、ハリがある色白の肌との対比が美しい。大きな目に細く高い鼻、柔らかそうな唇。男なら誰もがこんな女をものにしてみたいと思うであろう造形だ。

 谷間が見えそうで見えない白いシャツを着た彼女は椅子に座り、受付のカウンター越しにチン之助を挑発的な目で見ている。

 彼女の気を引くことを言いたい。あるいは今日は君も嬢として入っているのかと訪ねたい。そう思ったチン之助だが、自分がここに来た目的を思い出し、口を開いた。

「夜利チン之助と申します。先週、私の会社の後輩がこの店に行くと言ったのを最後に連絡を絶っていまして、何かご存知のことがあればと思い伺いました」

 あらかじめ頭の中で練っていた言葉を一息に言い切る。

 風俗店という特殊な店で本名を名乗るのは抵抗があったが、相手から情報を引き出すためにはまず誠意を尽くすべき。冴えないサラリーマンであるチン之助のモットーらしきものがそうさせた。

 受付嬢は特に面食らった風もなく美しい顔に薄っすらと笑みを浮かべて言った。

「その方のお名前は何でしょうか」

 俺が名前を告げると、彼女は名簿らしきものをパラパラとめくった。

「ああ、ありますね。スペシャルコースに挑戦されたお客様でしたか」

「そうです。彼がどこに行くとか聞いていませんか?」

 女は妖艶に笑った。

「どこにも、行かれていないんじゃないですか?その方、当店のスペシャルコース、『死亡お遊戯』に挑戦して破れていらっしゃるのですから」

「ど、どういうことだ? 場合によっては警察に行くぞ」

 思わずチン之助は語気を荒げた。

 女は笑みを崩さず、品定めするようにチン之助の全身を見た。特に下半身を重点的に見ていたように彼は感じた。

「ふーん……。でしたら、チン之助様も挑戦されてみてはいかがですか? 死亡お遊戯に。後輩の方は二重、つまり二層目で敗れてしまいました。どうなったのかはご自身で嬢に伺うのがよろしいかと」

 受付嬢はカウンターから一枚の紙を取り出して、高そうな万年筆とともに目の前においた。それにはこう書かれていた。

 

 【アヤカシ屋スペシャルコース『死亡お遊戯』確認書】

 ・五重塔の各層にいる嬢と戦う

 ・各層攻略ごとにやめるか続けるかを選ぶことが出来る

 ・勝った場合、層に応じた報酬が出る

 ・負けた場合、神隠しにあう

 私は上記に同意し、死亡お遊戯に挑みます 氏名___________


「か、神隠しだって? それは、どういう意味なんだ。あいつは無事なのか?」

「さあ? 私はただの受付ですので、そこに書いてあること以上は存じ上げません。先程申し上げました通り、チン之助様には選択肢が二つあります。一つは今来た扉を通って家に帰り、行方をくらました後輩のことなど忘れ日常に戻る道」

 受付嬢がスラリとした指先で出入口を指すと、扉の上の蛍光灯が二回またたいた。

「もう一つはこちらの書類にサインし、当店自慢のスペシャルコース、五人の嬢と戯れ金銀財宝を持ち帰ることの出来る、死亡お遊戯に挑戦する道。人間の身で自分の道を選ぶことが出来るなんて幸せなことでございましょ? さあお選びください。いざ! いざ!」

 言いながら興奮してきたのか、彼女の目は大きく見開かれ、猫や狐のように縦に長い虹彩が浮き出ていた。

 この女は、人間じゃない。直感的にチン之助はそう思った。目だけではなく、彼女の放つ妖気がそう感じさせたのだ。

 だが……

「うおおおお!」

 そう叫ぶとチン之助は万年筆を取り、一気呵成に自分の名前を書いた。

「俺は、いつでも、どんなときでもセックスの申し出があればそれを断ったことなどない! そして、色事の勝負において、負けるつもりも一切ない!」

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