その物語はバッドエンドしか迎えないとしても
神白ジュン
第1話 始動
………ぇえ?
数分前、バッドエンドを迎えたはずの私の体は元通り、ではなく明らかに別人の体。そして目の前には、今日嫌というほど見た魔物の軍勢。
その瞬間、私の頭は流れ込む記憶によって弾け飛びそうになる。
この瞬間では、あまりにも考え込む余裕は無さすぎた。
よく学院の書庫で本を読み耽っている私にとっては、物語というものは必ずハッピーエンドという結末が当たり前であった。時折悪い出来事が続いたとしても、最後には少なからず幸福が訪れているものである。
「ねぇエマ、また本読んでるの?」
「うひゃあ!?……?」
完全に意識の範囲外から声をかけられた私は、思わず声にならない声をあげてしまった。
「…何よリン…びっくりしたじゃないの驚かさないでよ…」
動揺を隠そうと切り替えていつものように振る舞うも、明らかにバレバレであったのかリンは小悪魔のような笑みを浮かべる。
黒色の艶やかな肩まで伸びた髪に華奢でありながらも全体的にしなやかで美しい体つきをしており、その笑顔で何人の男子学生を虜にしてきたことか… まぁ魔法科にあまり喋れる友人の居私にとってリンは大事な親友なのだが。
「エマ、こんな時間まで本を読んでていいの?明日は第50回目の征伐戦じゃん。魔法科の学生選抜で選ばれて行くことになってるんだから、早く寝て準備しておいたほうが良いんじゃないの?」
「別に…私たちが前線で戦う訳じゃないし…それこそこの数百年ほど人類側は殆ど被害を出さずに勝ってるのよ?」
「でも、何十年か前に一騎当千の活躍で英雄として讃えられた騎士ヴァン様とか…もっと昔になるけど大魔法師エリン様とか…歴史上に名を残してる人物の多くがその後しばらくして行方不明になっているのよね…」
何年かに一度、魔族軍が人類側との境界線を破って進行してくる対策として、人類側では征伐軍が組まれ、戦いが行われている。初めこそ魔族軍が優勢であったものの、複数の能力覚醒者が出現したことにより圧倒的に人類側の勝利に収まっていた。
「正直、歴史上の英雄が遺体も見つからず姿を消してるって話は聞いたことあるし私も気になっているけど…考えても一向に分からないし…というか人間側は結局大勝してるんだからさ、一気に攻め込んで滅ぼしちゃえばいいのにね。」
「うーん…でも魔族領は多くが未開拓で、人間領に匹敵する以上に相当な広さらしいから…中々難しいんじゃないかな?」
「まぁでも、魔法使いとして貴重な実践が沢山積めるチャンスだもの!お土産話、期待しといてよね!!」
「エマの魔力量すごいもんね〜楽しみにしてるね!」
「リンはさっさと回復魔法極めちゃいなさいよ。」
「任せといて〜あと半年でさらに化けてみせるから!」
この魔法科では優秀な成績を収めている者は、征伐戦に参加し、より実践経験を積むことが出来る。初めは学生を参加させることは危険だという声も出たが、ここ数百年大きな被害も出ておらず、上位学生達にとってもまたとない経験の機会であるため、この学院に入った者たちはこの戦いに参加することを一つの目標とし、日々研鑽している者も少なくない。
「じゃあ、ご忠告通り私は明日に備えて寝ることにするわ、じゃあね、おやすみ。」
「うん、おやすみ。明日頑張ってね。」
「頑張るも何も、すぐ前線のつよつよ騎士団サマ達が今回も速攻で終わらせてくれるでしょうよ〜」
「…そうだといいね。」
リンの一瞬の言葉詰まりに少し驚いたが、特に後ろ髪を引かれることなく、その場を後にするのであった。
翌日の空は真紅に染め上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます