第225話 夏と言えば!(2)
「お兄ちゃーーん!!」
「おわぁ!?」
「ぬわっ!?」
突如、そんな聞き覚えのある声が降ってきたかと思うと、それは目の前の水面に着弾。
発生した大きな波に飲まれ、バランスを崩した俺とノエルは浮き輪ごとひっくり返って海の中に落下した。
驚いて開いた片目に写ったのは、なんと水中でぶわっと広がる美しい銀髪だった。
「ぷはっ!」
「わぁー!気持ちいいね、お兄ちゃん!」
「あはは、そうだね」
水面に浮かび上がった俺の腕を抱きしめ、目をキラキラさせながら辺りを見回すのは、まさかの"原初の魔王"ことエルムその人だった。
彼女…………いや、彼女達を誘ったのは俺だ。
実は数日前にたまたま会う機会があって、その時に海に行くって話をしたら、エルムが異様に食い付いたのだ。
話を聞くと、エルムは今まで一度も海を見たことが無いらしく、とても気になるそう。
だからどうせなら一緒にという事で、今日は来てもらった。
身につけているのは、彼女の配下であるクルシュが嬉々として選んだ、花柄のフリルが付いたスク水タイプの水着。
髪をサイドテールにしているのもあって、だいぶいつもとは違う印象を受ける。
「お兄ちゃん、エルム似合ってるかなー?」
「うん。とっても可愛いよ」
「ほんと!?えへへ〜、嬉しいなぁ!」
頬を赤く染めてはにかんだエルムが、さらにギュッと腕を抱く力を強くしてピッタリ俺にくっつく。
こてんと肩に頭まで預けて可愛さもあざとさも全開だ。
むぅ、エルムの小さくもちゃんと自己主張のある膨らみが押し付けられて…………!
まずい。
ノエルがご機嫌ななめだ。
さっきまであんなに安らかな表情だったのに、今はそれを邪魔されたせいかすごく不満げな表情でエルムを睨んでいる。
あ、自分の胸を触って──────。
なんか今、それ以外の理由が少し垣間見えた気がするけど、見なかったことにした方が良さそうだ。
ともかく。
すごい、こんなに不快感を露わにしたノエルなんて初めて見たかもしれない………。
「………お前、ワタシと真白の時間を邪魔するななのだー!」
「え〜?そっちがどっか行ってよー!」
「おーい、喧嘩はダメだぞー…………」
そんな静止の声が届くはずもなく。
それぞれ片腕ずつ俺の腕を握ると、まるで綱引きかのようにお互い譲ることなく引っ張り合う。
あの、これ結構痛いんですけど………。
もしかして手加減とかする気がない?
水中だからまだマシだが、もし陸上で踏ん張りがきくと思うとゾッとする。
こんな力で引っ張られたらもげるぞ腕が。
「いい加減に離すのだぁー!」
「やだよーだ!ノエルが離すまで離さないもん!」
これは決着がつきそうにもないね、うん。
美少女二人から引っ張りだことは実に"むふふ"な展開なことこの上ない。
だが、せっかくこんなに綺麗な海に来たのだから、いつまでも喧嘩しているのは勿体ないだろう。
何とかして二人に納得してもらいたいが……………どうしよう。
「むー!こうなったら勝負しよう、どっちがお兄ちゃんを先に捕まえられるか!」
「ほう?」
「え?」
以外にも、俺が口に出す前に案を出したのはエルムだった。
たぶん二人も埒が明かないと察したのだろう。
一度引っ張り合いを止めて、エルムの話に耳を傾ける。
もちろんその間も、二人は俺の腕をガッチリ抱き抱えるのを忘れない。
「ルールは簡単。逃げるお兄ちゃんを捕まえるだけ。先に捕まえた方がお兄ちゃんと遊ぶの」
「乗ったのだ!」
「はやっ!?」
ノエルさんや、もう少し重巡してくれて良いんだよ?
その作戦、何が大変って原初二人から逃げなきゃ行けない俺なのよ………。
今のところ逃げ切れると言うか、無事にお昼を食べに向かえるビジョンすら浮かばない。
「やったー、じゃあ決まりね!」
「真白、絶対に迎えに行くから待っててなのだー!」
「あっ!ずるい、お兄ちゃんを捕まえるのは私だよ!」
手を振るノエルとエルムに強制的に見送られ、俺は与えられた一分と言う短い猶予の中、できるだけ遠くに向かった。
当然開始前に断るという手段もあったものの、俺にそれを実行するだけの勇気はなかった。
だって嫌だって言ったら、絶対二人とも悲しそうな顔するじゃん…………。
それに変にゴタゴタした争いをするより、こうして四の五の言わずに決着をつけた方が無難であるのは確かなのだ。
……………しかし、これから起こることを思い浮かべると、既に震えが止まらない。
まさか地形が変わったりはしない………よね?
その後、一体何が起こったのか。
目撃者の数は少なかったものの、全員が口をそろえて一つの感想を漏らしたのは言うまでもない。
以下はあくまでも一部始終だ。
バシャッ!バシャバシャ!!
「むぅ、これでも喰らえなのだー!」
「ふーんだ!そんなの効かないもーん!」
時には海面から海水で形取られた竜と虎が姿を現してぶつかり合い、その間をすり抜けて必死に逃げる俺を捕まえようと二人が奮闘したり。
「真白ー、大丈夫なのだ!必ずワタシがいつもみたいに、ぎゅってしてなでなでするからなー!」
「(トゥンク………)」
「ちょ、ずるいでしょそれはー!」
時にはトゥンクしてノエルの方にふらふら歩いていく俺を何とかエルムが阻止したり。
「やったぁー!やっと捕まえ─────あれぇ!?」
「ふっ、甘いのだ!」
時には神の力であり、地上では回復が困難な神気をふんだんに無駄使いし、俺と瓜二つな幻影を"創造"してエルムを撹乱したり。
とにかくわちゃわちゃ暴れ回った。
何気にそれが楽しかったのもあり、最後の方では勝負のことは忘れて、三人でいっぱい遊んだ。
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