第148話 お買い物





「らっしゃい!お、アイリスちゃんじゃないか。今日は買い出しかい?」

「ええ。ご主人様達は鍛錬に励んでいますけど、私じゃ相手になりませんからね………。せめて美味しい食事を作って、喜んでもらおうかなぁ、って」

「あらまぁ。こんなに健気な奥さんが居て、剣聖様も幸せねぇ」

「えへへ…………でも、もう少し私の事も構って欲しいです。最近はイナリやクロばかりで…………あ、いつも通り卵を一袋お願いします」

「はいよ。まったく、剣聖様は罪な人だねぇ。……………はいこれ。色々おまけしといたから、剣聖様をぎゃふんと言わせちゃいな!」

「わぁ、ありがとうございます!」


「………………………前お願いされてた、精力増強効果のある植物の根茎入れといたから、それでしっぽりやっちゃいな」

「………………………ありがとうございます」





なごやかな会話のはずが、突然顔を寄せてひそひそ声で放たれた衝撃的な言葉。

しかし、アイリスにとってはやっとこさ届いた幸せのしらせで。


二人は密かにサムズアップ。

確かに受け取ったそれを眺めて、アイリスはとろけるような笑みを浮かべる。


これがあれば、いつも先にダウンしてしまうマシロとも夜が明け、日が昇ってもずっと愛し合い続けることができるであろう。

ひたすらに相手の存在だけを求め合って……………。



(はぁ…………想像しただけで興奮が止まりません………♡)



ふへへ………と人様には見せられないような笑みを浮かべるアイリスに、養鶏家のおばさんは思わず苦笑いである。

自分で渡しておいて何だが、剣聖様は無事に明日の朝日を拝めるのだろうか…………。

若干心配になったらしい。



そんなにこやかとは程遠い会話をするのを遠目に、ミリアは頼まれていた野菜を選ぶべく、陳列した数々の野菜と睨めっこしていた。


今回買うのはニジンと玉ねぎ、かるいもの三つ。

ちなみにそのうち二つの謎の野菜は、前からにんじんとじゃがいもである。

異世界だからか、たまに前世とこちらで野菜に限らず様々なもので名前の齟齬そごがあったりするのだ。

それ以外の見た目や味などほとんどそのまんまなのに、なぜか名前だけが違う。

ややこしい事この上ない。

あと玉ねぎだけなぜそのまま玉ねぎなのかは知らない。



(えっと…………ニジンは芯が小さくて、見た目のサイズ感より重いやつ。玉ねぎは軸のあたりを軽く押してみて、へこんだりしないで重いやつ。で、かるいもは────────)



手に取って一つ一つ確かめながら、数ある野菜の中からより良い品質の野菜を選んでいく。

見ての通り、明らかにミリアの家庭スキルを始め主婦的スキルが非常に上がっていた。

毎度アイリスについて行って学んでいる成果でもあるのだが、それは一層主婦への道を辿っているという訳で……………。


村人の間では普通に、ミリアもマシロの嫁の一人と思われていたりする。

が、本人は気づいていない。



「すみません、これください」



最終的に選んだ野菜を持って八百屋のおっちゃんの所で会計を済ます。

全体的に安い。


お金を渡しながら、ミリアは各野菜ごとに表記された値札に目をやる。

どれを取っても、かつて自分が暮らしていた場所で買うより圧倒的に安い。

むしろこんな値段で売ってて大丈夫なの?と心配するレベルで格安なのもあった。


なんでこんなに安いのかと聞けば……………「剣聖様のおかげだ」と皆そろって口にする。


ここだけじゃない。

冒険者達だって他の住人達だって、ことある事に剣聖様のおかげだと口にしている(個人的な感想)。



(あいつ、相当この村の人達から好かれてるのね…………)



袋詰めされた野菜を受け取り、左右に露店の並ぶ市場の道の奥をちらりと見ると、そこにはあの男とその伴侶を模した例の銅像が。

これに関してはマシロも同意見なので何も言わないが、本当に悪趣味と言わざるを得ない。

まぁそれだけこの村の人々が彼を慕っているという証拠なのだろうが…………。


「恥ずかしいし今すぐ取り壊したい」、とはマシロの談。

あそこでたむろったりはしゃいでいる子供達含め、誰一人この銅像が酔った勢いで作った物だとは考えもしないだろう。


若干本物よりイケメン(?)に作られているのも、ミリアがムカつく点の一つである。


"村を襲ったスタンピードを二人で壊滅させた"、"この村を作った一人"、"大妖怪を一人で退しりぞけた"、"天災級を無傷で倒した"。


人々から聞くあの男の功績は、ほとんどが嘘か本当か分からないような内容ばかりだ。

自分と背丈があんまり変わらないあの男が数百年も前から生きていて、仲間と共に村を作り上げたという話も本当かどうか…………。



(………………………チビの癖に)



だが、これは村のご老人達も口を揃えて話した内容であり、実際に昔からずっとあの男は居たと言うのだ。

あいつは、村の人達を疑うのは良くない。


ものすごくさらっとマシロが傷つきそうな毒を吐きながら、ミリアは踵を返してアイリスの元へ向かう。




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